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『週刊がん もっといい日』編集部(株式会社日本医療情報出版)
TEL.03-5688-7816
FAX.03-5688-7803




週刊がん もっといい日
2009年Vol.172
9月4日更新


Vol.172号の目次 『週刊がん もっといい日』編集部 山本武道からのメッセージ

@クローズアップ
Medical Research Information Center (MRIC) メルマガから
(2009年9月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会発行)
『沖縄の白血病患者を救ってください
骨髄バンクからの移植を再開するための署名を求めています』
沖縄県骨髄バンクを支援する会 代表 上江洲富夫


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09年8月28日更新内容 全記事はこちら

主治医と患者、家族との信頼関係は、
がんを克服するための強い見方なのです

つい最近、知人の母親(83歳)が、がんにかかりました。病名は胃がん。手術に踏み切りましたが、年齢が高齢なために、ご本にはもとより家族も悩んだそうです。私の母も、7度目のがんが発見されたときには80歳を越えていました。
手術をするか否か迷ったあげく、母と話し合い私たち家族は手術を断念しました。
「お母さんは高齢だし、これまで6度の手術に耐えてきたのですから、今回はがんと共存共栄しましょう」
 母が、とても信頼している主治医のアドバイスがあったからです。ただし母には内緒でした。これまで、私たち家族は、母が、がんと告げられたことは教えていなかったからです。
 共存共栄とは、がんに負けないようにすることです。そのためには、「まずは食べること」と母は、それこそ貪欲に食事をしました。朝、蛭、晩、三度三度の食事を続けること。医師から処方された薬を、きちんと指示通りに服用すること。身体に負担をかけない生活(睡眠をきちんととる)、適度な運動、そして趣味をもつことーこれが7度目のがんが見つかったときに始めたことでした。
 むろんこれまでにも、こうした生活はしてきましたが、信頼する主治医のアドバイスが非常に重要な意味を持っていると思った次第です。
車で病院に行き、予約であっても長時間待つ病院。待合室は高齢者であふれ、セキをする人、大きな声で自分の病気のことを話す人、嫁の話、子供の話、孫の話・・・話題はつきません。やがて診察。
診察が終わるまでには、およそ3時間。へたをすれば5時間にもなることがありましたが、母は、辛抱強く診察の順番を待っていたものです。主治医をとても信頼していた母は、長時間待つことは少しも苦にならなかったようです。
母が80歳のときに罹患したのは、食道がん。食べるたびに食事がノド(食道)につまり、大量の水を飲み、少しずつ食べたものをノドから胃に落とすたびに、とてつもない痛みが襲ってくると、母はよく言っていました。
でも食べられる歓びはひとしおで、私たち家族は、母を外食に誘うことが多くありました。とくに回転ずしが大好物で、ゆっくりゆっくりノドにつまらないよう食べている母の姿が、今でも目に浮かんできます。
88歳で亡くなった母の思い出を本欄で書くたびに、本サイトを訪れる多くのがん患者さんやご家族の思いは、痛いほどに良く分かります。
手術に踏み切る、踏み切らないは、それぞれですが、がんと闘う患者さん本人はもちろん、家族にとって、主治医の一言によって救われることが多くあります。主治医と患者、家族との信頼関係は、がんを克服するための強い見方なのです。
さて今週もまた、皆さまに「もっといい日」でありますように・・・。

『週刊がん もっといい日』編集部 山本武道

☆☆☆「週刊がん もっといい日」VOL.172☆☆☆


クローズアップ

Medical Research Information Center (MRIC) メルマガから
(2009年9月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会発行)

『沖縄の白血病患者を救ってください
骨髄バンクからの移植を再開するための署名を求めています』
  沖縄県骨髄バンクを支援する会
代表 上江洲富夫

 日本骨髄バンクを介した移植が最初に行われたのは平成5年1月だが、沖縄県で骨髄バンクを介した移植が開始されたのは平成11年10月で、琉球大学医学部附属病院(以下「琉大病院」という。)が県内唯一の骨髄バンク認定施設になるまで、6年もかかった。
 しかし、認定されて1年後の平成12年9月に、非血縁ドナーからの骨髄採取において、かなり大きな血腫ができるという重大な健康被害が発生し、同施設での骨髄バンクを介した骨髄採取は中断され、移植も自主的に辞退した。この間、同施設での移植数は3例で、採取数は7例であった。

 採取事故は不幸な出来事であったが、これを反省してより安全な体制を構築して再開すると信じていたが、琉大病院が再度骨髄バンク認定施設となったのはそれから6年後、熱心な小児科移植医が赴任した年の平成18年10月であった。

 当会が所属する全国骨髄バンク推進連絡協議会は、骨髄バンクを介した患者負担金の軽
減を求める署名運動を何回か展開してきた。当会も同活動に参加したが、沖縄県内では患
者が県外に移植に行くための負担はさらに大きかった。

 多くの沖縄県民にとって、本土は遠いところで、さらに生死をかけた治療に行くのは大変な覚悟がいる。交通費や宿泊費等の経済的負担に加えて、なじみがなく身寄りもない地域での移植は患者・家族にとって精神的な負担も大きい。

 再認定となった琉大病院での移植・採取は順調で、ほぼ毎月のように移植や採取が実施され、今年4月までに再開後の移植数は21例、採取数は18例と増えた。しかし、今年3月に小児科の移植チームリーダーが辞任し、内科は移植チーム全員にあたる3名が6月には辞めた。

 個々の辞任理由を詳しくは把握していないが、忙し過ぎて疲弊したという理由以外に病院の体制も問題があったと思う。私たち「沖縄県骨髄バンクを支援する会」と「がんのこどもを守る会 沖縄支部」は、琉大病院長と2度会見し移植体制を早急に再整備するように要請したが、満足がいく具体的な回答はなかった。

 このままでは、また県内での骨髄バンクを介した移植が困難になるという事を県民に訴えるため、沖縄県知事あての要望書という形で署名活動を展開することとした。具体的な要望事項は2つで、次のとおり。

1.県立南部医療センター・こども医療センターが早期に日本骨髄バンク認定施設となるための施策を講じる(血液腫瘍専門医の増員等)。

2.琉大病院が骨髄移植体制を再構築するよう働きかける。

 
1.は、骨髄バンクを介した移植では採取は別の施設ですることになっており、従来から県内ドナーが県内患者に提供する場合は、どちらかが県外にいく必要があったので県内に認定施設が2カ所は欲しい。また、県立南部医療センター・こども医療センターは、県内で高度医療を行う目的で設置されたが、新型インフルエンザが流行する以前から一次救急に追われて医療現場は疲弊している。現在、将来の県立病院のあり方を検討中だが、高度医療を求める県民の声があることを県知事に訴えたい。

 2.は、本来は大学病院が自ら考える問題だが、県内唯一の骨髄バンク認定施設の問題を知ってほしいとの思いがある。実は、琉大病院は骨髄バンク認定施設が取り消されたわけではない。しかし、何年も移植・採取が行われないと、認定は消滅するだろう。

 全国的に血液腫瘍専門医は少なく、どこでも専門医の確保は難しいと聞いているが、沖縄県は離島県のため、隣県でも陸路では行けず、取り分け患者及び家族の精神的、経済的負担は他県に比べ大きいことを知ってほしい。
 なお署名用紙は、支援する会のホームページからダウンロードできる。

http://www.marrow.or.jp/okinawa/nintei-youbousho.pdf

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