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『週刊がん もっといい日』編集部(株式会社日本医療情報出版)
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FAX.03-5688-7803


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週刊がん もっといい日
連載 第2弾
生きるための緩和ケア最前線
―“がん治療と積極的疼痛管理”のすすめ
取材・文◎医療ジャーナリスト・長田昭二
1965年東京生まれ。日本大学農獣医学部を卒業後、出版社勤務を経て2000年よりフリー。新聞、雑誌を中心に医療記事を執筆。著書に「病院選びに迷うとき 名医と出会うコツ」(NHK出版・生活人新書)他。日本医学ジャーナリスト協会会員。 |
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連載・第二弾
生きるための緩和ケア最前線
―“がん治療と積極的疼痛管理”のすすめ
患者と医師の信頼関係構築を目指す上で
“痛みの除去”は最重要課題となる――
第1回目
『呼吸器内科における疼痛コートロールの実際』
取材協力:東京厚生年金病院・内科部長
溝尾朗医師
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溝尾朗医師
<プロフィール>
1963年東京都生れ。88年千葉大学医学部卒業。東京都立府中病院、千葉大学医学部附属病院を経て、2001年より東京厚生年金病院呼吸器内科医長。07年より内科部長兼地域医療連携室長。日本内科学会認定内科専門医、日本プライマリケア学会認定医、日本旅行医学会理事。
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溝尾医師とともに同院呼吸器内科で
臨床の最前線に立つ堀江美正医師
<プロフィール>
1991年に千葉大学医学部を卒業後、成田赤十字病院、千葉大学医学部附属病院を経て、2002年より東京厚生年金病院医長。 |
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今もなお、「緩和ケア」という言葉に対して「絶望」や「あきらめ」を感じる人は多いようだ。しかし、臨床の最前線では、積極的治療ができる段階でも、痛みがあればそれを取り除くことで、より高い治療効果をめざす――という考えが一般的になってきている。こうした「緩和ケア」をめぐる患者側と医療側の温度差が、効果的ながん治療の妨げになっていることは否めない。
そこで今回から、緩和ケア科の医師ではなく、“治療”の中で疼痛コントロールを効果的に取り入れている医師に、その必要性と成果を語ってもらうことにする。
東京厚生年金病院内科部長の溝尾朗医師は、ぜんそくや禁煙治療など呼吸器疾患全般において高い知名度を持つ医師だ。一方で肺がん治療において、早期からの疼痛管理の重要性を説き、自ら積極的に痛みの除去を取り入れることで、治療効果をアシストする取り組みを行っている。
「患者との信頼感の醸成」を重要視する溝尾医師にとって、痛み除去はきわめて大きなテーマでもある。そんな溝尾医師に、呼吸器内科における疼痛コントロールの実際を話してもらった。
「何かつらいことはありますか?」だけではなく
「痛みはありますか?」と具体的に訊ねる
「肺がんの痛みには2種類ある。一つは骨への転移や神経への侵潤、もう一つは胸膜という肺を包んでいる膜や胸壁への浸潤によるもの。いずれもステージ3bから4にかけての進行がんで見られる症状です」
溝尾医師が担当する患者は、手術の適用範囲からは外れ、抗がん剤による化学療法の対象となったケースだが、それでも痛みの出方には個人差が大きいという。
「ボルグスケールという痛みや疲労感の尺度を測る指標で判断します。10段階のうち、今の痛みがどの程度かを申告してもらうのですが、それでも人によって我慢してしまう人はいる。ただ、これは医師や看護師の側の接し方で、本当の痛みを聞き出すことは可能。『何かつらいことはありますか?』と訊くだけではなく『痛みはありますか?』と具体的な質問をすることで、患者さんは正確な痛みを話してくれるものなんです」
このあたりは、溝尾医師が臨床経験から編み出していった知恵であり、こうした細やかなテクニックの積み重ねで、患者のQOLは大きく左右されるのだ。
パッチタイプの医療用麻薬で
経口薬を増やさない工夫を
溝尾医師は、患者が痛みを訴えた段階で、速やかに痛みの除去を行う。患者の苦痛を取り除く目的もあるが、治療の成果を高める上でも欠かせないことだと指摘する。
「4段階あるパフォーマンスステータス(PS=別表)で、患者の状態が“3‐4”になると治療は難しくなる。しかし、痛みを除去することでPSを下げれば、抗がん剤治療もできる。メカニズムははっきりしていないが、PSが低いほうが抗がん剤の効果が高まるのも事実です」
痛みの除去は、最初はNSAIDsとよばれる抗炎鎮痛剤(ロキソニン、ボルタレンなど)を使い、これが効果を示さなくなったところで医療用麻薬を上乗せしていく。基本的にはWHOラダーに沿った疼痛管理を行うが、溝尾医師は早めにパッチタイプの薬を使用することがあるという。
「本来、パッチタイプの薬は、経口薬が使えない段階で使うものとされていますが、オピオイド(医療用麻薬)を使う状態の患者は、他にも薬をのまなければならないケースが多く、さらに飲み薬が加わるのはつらいところもある。オピオイドを使うということは、便秘や吐き気といった副作用に向けた薬も使うことになるので、できるだけ経口薬の数は少なくしてあげたい。パッチタイプの薬は副作用も少なく、また最近は従来より小型のパッチが商品化されたので、使用頻度は高まっています」と溝尾医師。
薬のバリエーションが増えたことで、患者のQOLを高く維持して治療に取り組める環境が整備されたようだ。
早めの痛み除去で効果的な抗がん剤治療を
医療用麻薬は「数ある痛み止めの一つ」
患者の中には「麻薬の使用」に不安を持つ人もいる。
「治療のためにも、まずは痛みを取るほうが効果的だということを説明します。がんの痛みに麻薬を使っても習慣性がないことをきちんと話して、『数ある痛み止めの一つと思ってください』と言うと、ほとんどの患者さんは安心するようです」(溝尾医師)。
こうした“積極的な疼痛管理”は、患者だけでなく医師にとっても重要な意味を持つと溝尾医師は考える。
「治療の上で、痛みを取ることがもたらす最大のメリットは、患者と医師の信頼感が高まること。ボルグスケールで7や8の高い痛みを訴えていた患者が、疼痛コントロールによって1−2の低い値に下げることができると、それだけで笑顔が出るようになる。こうなると治療にも前向きな姿勢をとれるようになるので、治療効果は勢い高まってきます」
こうした信頼関係を重視する溝尾医師の姿勢は、患者が積極的治療から緩和ケアに移行する段階に至っても、緩和ケア病棟に行くのではなく、呼吸器内科病棟で溝尾医師に継続して診てほしいと希望する患者の多さに表われている。こうした患者は、引き続き溝尾医師が主治医として担当し、必要に応じて緩和ケア科の医師が出張してくるという体制を敷いている。
また、在宅での緩和ケアを望む患者に対しては、地域の在宅担当医や訪問看護師らとの情報共有化を図るための地域連携パスを国際医療福祉大学などと共同で作成。今年5月には臨床応用を開始する予定だ。このパスを使った在宅医療の展開により、病院と在宅がより濃密な連携を保った緩和ケアが実現する。もちろんこのパスにも、痛みの出方や対処法なども盛り込まれるので、病院で効果のあった疼痛コントロールが在宅でも継続されることになる。
「根治療法と緩和ケアが分離されていた時代は終わり、今はこの二つの治療を抱き合わせることで治療成績を高めていく時代です。そのためには、その患者に関わるすべての医療スタッフが緩和ケアについての知識と技術を持たなければならない。この2−3年で、特にその必要性を感じるようになってきましたね」(溝尾医師)
疼痛管理をめぐる医療側の体制が大きく動き出した現在、溝尾医師の重要視する「患者との信頼関係構築」を誤らない限り、その動きは患者にとって大きなメリットにつながっていくはずだ。その意味で、溝尾医師の臨床医における取組みと、地域とのネットワークの拡充は、今後の緩和ケアを考える上での貴重なモデルケースとなりそうだ。
■パフォーマンスステータス(PS)
| 0 |
無症状。社会活動ができ、制限を受けることなく、発症前と同様に振る舞える。 |
| 1 |
軽度の症状があって肉体労働は制限を受けるものの、歩行や軽労働、座っての作業はできる。 |
| 2 |
歩行や身の回りのことはできるが、時に介助を必要とすることがある段階。軽労働はできるが、日中の50%以上は起居している。 |
| 3 |
身の回りのある程度のことはできるが、しばしば介助が必要で、日中の50%以上を就床している。 |
| 4 |
身の回りのこともできず、常に介助を必要とし、終日就床している状態。 |
■編集部から■
2008年4月から毎月1回、掲載してきました連載『生きるための緩和ケア最前線―痛みからの解放』は、主に緩和ケア科の医師を紹介してきました。今号からは、『生きるための緩和ケア最前線』の第二弾として、『がん治療と"積極的疼痛管理"のすすめ』をお届けいたします。取材は、第一弾に引き続き夕刊フジに健筆をふるう医療ジャーナリストの長田昭二氏が担当、“治療”の中で疼痛コントロールを効果的に取り入れている医師を紹介してゆきますので、ご期待ください。 |
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瀬戸泰之医師 |
連載・第二弾
生きるための緩和ケア最前線
―“がん治療と積極的疼痛管理”のすすめ
第2回目
『がん治療における緩和ケアの
位置づけと臨床から見た問題点』
取材協力:東京大学医学部消化管外科学
代謝栄養内分泌外科学教授 瀬戸泰之医師
瀬戸泰之医師(せと・やすゆき)
1984年東京大学医学部卒業。日本外科学会専門医試験問題作成委員、日本食道学会評議員、日本胃癌学会評議員・全国登録委員・ガイドライン作成委員。医学博士。 |
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痛みさえきちんとコントロールできれば遠出の旅行も可能
がん患者の生活の幅を大幅に広げる積極的な疼痛管理を
がん治療の早期段階で積極的に疼痛管理を行うべき――という考えが、この数年で急速に日本の医療界に広まっている。そこには、旧来の「麻薬」に対するネガティブなイメージを覆す科学的検証を受け入れる、柔軟な思考の外科医の存在があることは間違いない。東京大学医学部消化管外科学代謝栄養内分泌外科学教授の瀬戸泰之医師は、日本の消化器外科の次代を担う若きリーダー。外科手術における突出した高い技術と知識はもちろんだが、一方でがん性疼痛に対する緩和ケアに関しても先進的な考えを持ち、それを臨床に活かしている。そんな瀬戸医師に、現状のがん治療における緩和ケアの位置づけと、臨床から見た問題点を語ってもらった。
痛み除去の目的はQOL向上だけではない
免疫力を高めてがん治療をアシストする
昨年春、東大教授に就任した瀬戸医師。専門とする対象臓器は上部消化管だ。胃がんや食道がんなど、日々多くの患者の治療に当たる瀬戸医師は、がん性疼痛への基本的な考えとして、「痛みがあるなら、我慢せずに取るべき」という姿勢を鮮明にする。
「痛みがあるということは、それだけで患者のQOL(生活の質)を下げるのはもちろんだが、それ以上に“痛みに伴うストレス”の存在が懸念される。ストレスは免疫力を低下させるので、当然、がんの進行にも影響してくる。反対にきちんと疼痛コントロールをすることで痛みを取ることができれば、免疫力を落とさずに済むわけで、本来のがん治療をアシストすることにもなる。痛みを我慢することで生じるメリットは何もありませんよ」
以前は、手術や放射線などの積極的治療がまず行われ、そうした手だてがなくなったと判断された時にはじめて疼痛コントロールを行う――という流れが一般的だった。瀬戸医師が外科医としてデビューした当時も、積極的な治療と並行して緩和ケアを行うという考え方をする医師はいなかったという。
「その背景には、色々な原因の存在が考えられるが、一番大きかったのは、当時はがん告知をするケースが非常に少なかったこと。患者自身ががんであることを知らされていない状況で、医療用麻薬はなかなか使いにくい。もちろん、最近は医療用麻薬の種類や剤型が豊富になってきたことも、比較的早期の段階からの疼痛管理をしやすくしているということはできると思います」
瀬戸医師が臨床デビューした当時は、モルヒネもアンプル1種類しかなく、これにワインやシロップを加えたものを「ブロンプトンカクテル」とよび、これを経口摂取することで痛みを和らげていたという。
そんな当時を振り返り、瀬戸医師は「今では薬の種類が増えた上に、剤型も経口、注射、座薬、貼付と豊富になった。このことは、医療を提供する側にとってもありがたいこと」とがん治療における緩和ケアを巡る状況の変化を歓迎する。
痛みを我慢することで始まる悪循環
疼痛コントロールは早いほど効果的
瀬戸医師が、早い段階でも痛みがあれば積極的に疼痛コントロールをすべきと考える理由に、「痛みが進んでからでは、効果的な疼痛除去が難しくなる」ということもあるという。
「神経学的に見ると、痛みは早い段階で対処したほうが除去しやすいのは事実。体のある場所で痛みを感じ始めると、その情報を受けた脳が交感神経を通じて新しい痛みを作り出すサイクルが動き始めると考えられている。つまりこの悪循環がどんどん進んでしまう前、言い換えれば、痛み出したらすぐに、根本的な痛みを止めてしまうことが重要なのです」
以前の積極的治療と疼痛管理が完全に分断されていた頃と異なり、今はがんと診断がついた時点で、治療と並行して疼痛があれば、そのコントロールを開始する時代。
「昔であれば、医療用麻薬で痛みを除去している人を手術してがんを取り除くなどという発想そのものがなかったが、今はそうしたケースが、多くはないが実際にある。がん治療と緩和ケアが重なり合う時代になってきたんです」
そう語る瀬戸医師の患者の中には、医療用麻薬による疼痛コントロールをしながら仕事に復帰している人はもちろん、中には国内のみならず海外旅行に出かける患者もいるという。
「がんの進行と痛みさえきちんと管理できていれば、健康な人とほぼ変わらない生活ができる可能性があるということ。ただ、医療用麻薬を持って海外に行く時は、麻薬犬に引っ掛かってしまうので、その麻薬が医療用であることの証明書を書かなければならないんですが(笑)」
緩和ケアをめぐる状況の変化は、がん患者の生活の幅を大きく広げてくれるのだ。
薬剤選択に健康保険上の制限がネックに
求められる医師の裁量権と弾力的対応
瀬戸医師の疼痛コントロール法は、WHOのガイドラインに沿ったもの。最初はロキソニンやボルタレンなどの消炎鎮痛剤からスタートし、効果が出にくくなった時点でモルヒネ、オキシコドンなどの医療用麻薬を使い始める。
「モルヒネは吐き気と便秘症状が出ることが多い。こうした副作用は患者の不安を助長するので、薬の服用開始と同時に副作用止めの薬を必ず一緒に使います。これら従来型の医療用麻薬が使えなくなっても、フェンタニル(貼付剤)があり、これは副作用が少ないので使いやすい。理論的には、がん性の痛みであれば、こうした医療用麻薬を使うことで、患者が満足できるレベルまで疼痛を除去することが可能です」
ただ、治療医の立場で見ると、臨床で生まれる細かな不満もあるという。特にそれは医療制度に対してのものだ。
現状ではがん性疼痛に対して医療用麻薬を使う場合、健康保険上の制約があって、薬剤の選択にも一定の順番が設けられているのだ。
「医療用麻薬の効果の出方は個人差が大きい。一律的な使用方法は最終的に患者のためにならないのではないか」と瀬戸医師は疑問を呈する。今後臨床現場からのこうした声が、保険制度の見直しにつながっていくことに期待がかかる。
さらにもう一つ、瀬戸医師が懸念するのが「外来患者」への対応だ。
現状、東大病院の入院がん患者に対しては、基本的にがん性疼痛に対するアプローチの考え方は院内で統一されている。早い段階で放射線科医を中心とする緩和ケアチームが介入することで、質の高い疼痛管理が実現しているのだが、外来患者については、外来担当医の責任の下で緩和ケアが行われることになる。幸い東大では疼痛管理に対するアプローチについては、すべての外科医が共通認識の下で外来診療も行われているが、今後在宅のシェアが高まるなかで、すべての医療機関で同じレベルの外来対応が可能かというと疑問は残る。
「各大学の外科のトップを対象とした緩和ケアの勉強会が開催されるなど、外科内部での緩和ケアに対する機運は高まっているが、病院ごと、あるいは外科医個人単位で見ると、温度差があるのも事実。まずはそうした問題点を解消していくことが急務でしょう」
確かに、解決すべき問題点は残っている。しかし、いずれも「患者のため」という視点で考えていけば必ず解決できること。すべてのがん患者が、つらい痛みから解放されるための道筋は示された。瀬戸医師の視線も、そこに定まっている。
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柴田和彦医師 |
連載・第二弾
生きるための緩和ケア最前線
―“がん治療と積極的疼痛管理”のすすめ
第3回目 『がん拠点病院における疼痛管理の取り組み』
取材協力:富山県厚生農業協同組合連合会
高岡病院・総合的がん診療センター長
柴田和彦医師
柴田和彦医師
1963年富山県高岡市生れ。88年金沢大学医学部卒業後、同大第三内科に入局。同大学病院をはじめ北陸三県の関連病院に勤務し、97年より厚生連高岡病院に勤務。
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抗がん剤投与前からの疼痛除去で
副作用の少ない効果的治療を実現
がん治療における、組織横断的、臓器横断的な取り組みの必要性が言われて久しい。すでにいくつかの医療機関でこうした考えを現実のものとして実施しているところもあるが、北陸においていち早くその理念追求に動き、理想的ながん治療の形を示しているのが厚生連高岡病院だ。2年前に開設された総合的がん診療センターは、外科・内科の壁をなくし、コ・メディカルを含むがん治療に関わるすべてのスタッフが必要に応じて集まり、話し合い、治療方針を組み立てていくシステムを構築している。そのトップに立つ柴田和彦センター長の専門は腫瘍内科。特に肺がんをメーンに診てきた柴田医師にとって、「疼痛管理」はがん治療を進めていく上で最も重要なテーマの一つだ。北陸を代表するがん拠点病院における、疼痛管理の取り組みを取材した。 |
がん診療に特化した組織運営で
際立つ“専門職”の知識と技術
まずは同院の総合的がん診療センターの概要を、柴田医師に解説してもらう。
「ひとことで言えば、がんの診断と治療に関わるさまざまな職種が集まって、患者の治療全体を効率的かつ効果的に進めていくことを目的とした組織。がん拠点病院として、とりわけ“5大がん”(胃、大腸、肺、肝、乳腺)への取り組み強化を考える上で、診療科や職種間の風通しを良くする必要性を感じ、院長に進言したところ二つ返事でOKが出て……。言いだした手前、私がセンター長になってはいますが、毎日行われるキャンサーボード(患者ごとのカンファレンスのようなもの)には、関係する診療科の医師やスタッフが積極的に参加してくれるので、非常にスムーズな運営ができています」 |
厚生連高岡病院 |
現在同センターに“加盟”しているのは、上記5大がんに関係する各外科に加えて、血液腫瘍科、頭頸部外科、内視鏡診療科など。これに専従スタッフとしてがん専門薬剤師、がん化学療法看護認定看護師、がん性疼痛看護認定看護師がおり、クリニカルパスの作成や化学療法を進めていく上で、それぞれの専門性を生かした話し合いが行われている。
こうしたがんに特化した組織運営は、特に高い専門性を持つコ・メディカルの意欲をかきたてる。
「高い技術や知識を持っていても、薬剤部や看護部の中だけにいたのでは、せっかくの資格を活かしきれないという問題があった。医師不足が深刻化する中で、彼女たちが思い通りに活躍できる環境を整備することは、病院運営を効果的に進めていく上でも意味のあること」と柴田医師。
まさに“プロ意識”が集約される場であり、理想的ながん治療を生みだす場として機能しているのだ。
実地で鍛えた疼痛管理の技術と知識――
外科と内科の連携で緩和ケアの質を向上
そんな厚生連高岡病院で、柴田医師は総合的がん診療センター長の他に、「腫瘍内科診療部長」「緩和ケアチーム長」の肩書を併せ持っている。元々呼吸器内科医として肺がん患者を多く診てきた柴田医師にとって、この三つの肩書はまさに適職。特に“早い段階での疼痛管理の必要性”を、経験的に感じてきた柴田医師にとって、緩和ケアに対する思いは大きい。
同院におけるがん性疼痛のコントロールは、柴田医師が中心となって進められる。
「私の専門の肺がんの場合、その半数以上が進行がんになって見つかることになる。早期で見つけられれば外科が担当するので、私が診るのは進行がん。以前当院で調査した結果では、肺がんで何らかの症状を持って来られた初診患者のうち、4割が痛みを持っていました」
本来、肺に病変があっても“痛み”という症状はおきにくい。つまり、肺がんで痛みがあるということは、胸壁への浸潤、あるいは骨転移など、高い確率で進行していることが疑われることになる。
「いずれにしても、痛みがあればそれを取り除くことから始めるべき。私の場合はこの病院に来て多くの肺がん患者を診る中で、必要に迫られて疼痛管理の必要性を痛感していきました。正直言ってそれ以前は緩和ケアにはあまり興味がなかったのですが、そんなことも言っていられない状況で、薬剤師や看護師と一緒に勉強しながらここまでやってきたという感じですね」
そうした実地で身につけた知識だけに、治療が可能な段階での疼痛除去についても、早くからその必要性を訴えてきた。特に、センター化によって外科系スタッフとの交流が深まってからは、外科医の疼痛コントロールへの理解が進んだ。理想的な治療体制が整ってきているという。
「ウチは外科のトップクラスの先生も比較的若いので、こうした新しい考え方にも柔軟に対応でき、しっかりしたスキルを身に付けて取り組んでくれる。これは非常にありがたいことですね」
柴田医師が語るこうしたメリットを、真の意味で享受するのは患者だ。同院が高岡市内だけでなく、氷見、射水、砺波など、県西部の人口40万人エリア全域からがん患者を集める背景には、こうした取り組みへの高い評価があってのことなのだ。
医療用麻薬は“よく効く痛み止め”の一種
化学療法開始前に痛みを取っておくことが重要
患者の痛みを正確に把握するには――緩和ケアに携わる医師が必ず直面する問題だ。
「画像などから“こちらで想像できる痛み”というのがあるので、まずはそれを土台にして考え、あとはこちらから積極的に問いかけていくという形になります」
その上で痛み除去のための薬を選んでいくことになるが、これは基本的にWHO方式に準じた形をとる。消炎鎮痛剤からスタートし、必要に応じてオピオイドを使用していく。初診から治療開始まで時間が空くことがあるので、患者によっては治療開始前から医療用麻薬による疼痛管理が始まることもあるという。
「私の経験では、実際に抗がん剤治療を始める前にオピオイドを使うケースは、痛みを訴えている患者に限定すると“3人に1人”の割合。早めの疼痛管理が必要と思われる場合は、精密検査の段階で入院してもらい、疼痛管理をしながら検査を受けてもらいます。入院検査中に薬の量を調整していくと、検査が終わる頃には痛みも消えて、よい状態で治療に入れる。これを入院せずに外来だけで行うのは中々難しいですからね」
がん性疼痛を取り除く薬剤が増えたことも、こうした効果的な治療をアシストしている。特にフェンタニル(パッチタイプの医療用麻薬)の登場がもたらした恩恵は大きいと柴田医師はいう。
「これから治療を始めるという段階で、一番留意するのが副作用。抗がん剤を使えばそれだけで吐き気や便秘が必発なのに、これにオピオイドの副作用が重なるのはつらいところ。しかも、抗がん剤とオピオイドでは副作用の機序も異なることがあるので、そうなると副作用止めの薬の種類も増えてしまう。ただでさえ食欲のない患者にとっては苦痛が増えるだけです。そんな時にフェンタニルを使えば、それだけで飲む薬の量は減らせることができるし、そもそもフェンタニルは副作用も少ないので、副作用止めの薬も減量できる。貼り薬は、食べることができなくなった患者に対して使うという目的もあるけれど、これから化学療法を受ける患者に、あらかじめこれで痛みを止めてから抗がん剤治療に進むという使い方をすることで、効果的な治療が期待できると思います」
そうはいっても、“麻薬”に対する患者の認識は、医療者側のそれとの間に温度差があるのも事実。柴田医師の患者でも、「麻薬は最後に使うもの」と思い込んでいるケースが多いという。しかし、そんな患者に柴田医師はこう説明する。
「麻薬に対して厳格な取扱いが求められるのは医療者側であって、患者にとっては“よく効く痛み止め”の一種に過ぎません。咳止めの薬の中にだって麻薬に分類される成分はあるんだから、“がんの痛みだけ特別”と考えるほうがおかしいんです」
痛みや不安など、患者が抱えるストレスを最大限除去した上で、スタートする化学療法。柴田医師のやさしくてわかりやすい説明が患者にもたらす安心感が治療に与える影響の大きさは計り知れない。
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連載・第二弾
生きるための緩和ケア最前線
―“がん治療と積極的疼痛管理”のすすめ
劇的に進歩したがん性疼痛コントロールの手法を
早期から取り入れることでQOLを高水準に維持
第4回目
『アンケートが浮き彫りにした疼痛管理への
患者や医師の考え方と医療用麻薬に対する誤解』
取材協力:愛知医科大学医学部外科学講座
乳腺・内分泌外科教授 福富隆志医師
内分泌外科講師 萬谷京子医師
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福富隆志医師
<プロフィール>
福富隆志医師
ふくとみ・たかし
1954年生まれ。80年慶應義塾大学医学部卒業。同大医学部外科学教室、東京都日野市立病院外科医長、国立がんセンター中央病院外科医長等を経て、2006年より愛知医科大学外科学講座乳腺・内分泌外科教授。08年より同大医学部教務部長兼任。日本臨床外科学会幹事・編集委員・評議員、アジア乳癌学会理事、日本外科学会認定医・指導医・専門医、日本乳癌学会認定医・専門医・評議員、日本癌治療学会暫定教育医他。医学博士。 |
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萬谷京子医師
<プロフィール>
萬谷京子医師
よろずや・きょうこ
1969年生まれ。95年東北大学医学部卒業。同年慶應義塾大学医学部外科学教室に入室。慶應義塾大学病院、清水市立病院、東京歯科大学市川総合病院で研修し、聖母病院、伊勢慶應病院、練馬総合病院を経て、2007年より愛知医科大学外科学講座乳腺・内分泌外科講師・医長。日本外科学会認定医、専門医、日本外科学会女性外科医支援委員会委員、日本乳癌学会認定医。マンモグラフィ読影認定医。医学博士。 |
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興味深い調査結果がある。「アンケート調査からみた再発・進行がん患者の疼痛管理における主治医の役割の重要性」と題されたレポートで、ネット上で募集した85人の再発進行がん患者を対象に、どのような経緯を辿ってどのような疼痛管理が行われたかが“数字”で示された画期的な調査だ。現状における疼痛管理に対する患者や医師の考え方や、根底に横たわる医療用麻薬に対する誤解などを読み解くことができるこのレポートを検証したメンバーの一人、愛知医科大学の福富隆志教授に話を聞いた。(取材・文◎医療ジャーナリスト・長田昭二)
がんの痛みにどう考え、対処しているか――
ネットを使った実態調査で問題点が浮き彫りに
日本では、がん治療専門病院でも、がんの痛みをきちんとコントロールできているのは全体の5〜6割程度――といわれている。そこで、がん疼痛管理の実態を把握することで、今後の効果的な疼痛管理に役立てる目的で行われたのがこの調査だ。学術誌「癌と化学療法」(第36号)に掲載されたもので、85人の再発進行がん患者に対してネット上でアンケート調査を行っている。
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回答した85人は、この時点でがんに伴う痛みを経験しているが、そのうち主治医に痛みを訴えた人は74人にとどまり、11人は伝えていない。痛みを伝えた74人のうち、鎮痛薬が処方された人は53人で、残りの21人は薬が出されていない。また薬が処方された53人のうち、医師に医療用麻薬を勧められた人は38人しかおらず、その38人のうち実際に医療用麻薬が処方されたのは27人――つまり、がん性疼痛を自覚している人のうち、医療用麻薬にたどり着いたのは全体の3割に過ぎないことになる。冒頭に挙げた「5〜6割」にも満たない低い数字だ。
「主治医に痛みを伝えていない人は、痛みを軽視した、あるいは“軽視したい”という願望による気持ちがそうさせているようです。中には『医師に面倒な患者と思われたくない』『これくらいの痛みは我慢するもの』という誤解がそうさせているケースもある」と解説する福富医師は、主治医に痛みを申告した74人中21人が薬を処方されていないことや、薬が処方された53人のうち医療用麻薬を勧められたのは38人で、残り15人は麻薬は勧められていない点にも疑問を示す。
「再発進行がんであれば、痛みが出たら速やかに疼痛管理を行うべきだし、NSAIDs(非ステロイド系抗炎症剤=ロキソニン、ハイペン、ボルタレンなど)が効果を示さない時は、躊躇せずに医療用麻薬を使うべき。この調査結果からは、そうした点で医師の側に誤解や認識不足があることが浮き彫りになってきました」
もちろん、患者側の誤解も大きい。医療用麻薬を勧められた38人のうち、最終的に処方に合意したのは27人で、11人は処方を拒否している。
「医療用麻薬に“負のイメージ”を抱く人はとても多い。医療用麻薬はがんの疼痛管理に用いる限り神経細胞を破壊するようなことはない。ただ、これも医師がきちんと説明すれば改善されるはず。痛みを取ることは治療の上で重要だということを積極的に伝えていく努力をすべきです」(福富医師)
日本のがん疼痛管理の現状を知る上で、この調査結果が投げかけた問題は極めて大きい。
↓クリックすると大きい画像が見れます
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WHO方式を土台に経験から得た技術を加味することで
効果を最大限に引き出し、副作用を最小限に抑える――
福富医師の受け持つ乳腺・内分泌外科では、WHO方式に沿った形で、早い段階から積極的な疼痛管理を取り入れている。同科で治療に当たる萬谷京子医師が解説する。
「手術前の痛みや手術によってできたキズの痛みは、NSAIDsで概ね除去できます。医療用麻薬が必要となるのは再発転移して、NSAIDsの効果が薄れてきてから。その場合は、まず即効性のある麻薬を使って大まかな必要投与量を探り、次に持続的な効果のある麻薬で “痛い時間”がないように調整する。通常は効果が12時間持続するので、1日2回の投与が基本だが、状況に応じて3回使うこともあります。この時、麻薬と一緒に副作用止めを最初から同時処方することで、麻薬の効果を最大限に引き出し、副作用もきちんと防ぐことが可能です」(萬谷医師)
その後、経口投与が困難な状況になったときにはフェンタニル(貼付剤)を使用する。WHOはそれまでの期間は経口薬を勧めているが、薬量が多い、あるいは薬が多くて眠気が出る――などの状況が見られた場合は、福富医師らの科では速やかにフェンタニルを使うようにしているという。
「フェンタニルパッチは眠気が出にくいので、意識がクリアなままで日常を送ることができる。効果が72時間と長時間にわたって持続することもあり、これが一番QOLを高く維持できるイメージがある」と萬谷医師。経口薬からフェンタニルパッチに移行する時も、テクニックが求められる。萬谷医師らは、いきなり全量をフェンタニルに変更するのではなく、内服薬を併用しながら、徐々にフェンタニルパッチによる投薬量を増やしていくことで、円滑な移行への工夫をしているという。
“麻薬”に対する誤解がネック
医療者と国民への啓蒙活動が急務
「この5〜6年で、がんの疼痛管理の水準は劇的に向上した」
そう福富医師と萬谷医師は口をそろえる。すでに触れたフェンタニルというパッチタイプの医療用麻薬が臨床導入され、またがん対策基本法によって法的に疼痛コントロールががん治療に組み込まれたことなども大きく影響している。しかし、乳がん治療においては、こうした動き以外にも、がんの痛みを効果的に抑え込む新しい技術の登場が相次いでいる。
「乳がん難度の骨転移に対して使われるビスホスホネートという薬が保険適用になったのも大きな追い風となっています。これは破骨細胞に作用して進行を抑え込む働きをもっており、これを医療用麻薬と併用することで、骨転移の痛みは大幅に緩和される。特に乳がんの場合、体重を支えるような大きな骨に転移することが多いので、この薬の登場はありがたかった。また、うつ症状のある人には、抗うつ剤を使うことで痛みも軽減することも多い。精神的な要因からピリピリするような神経性の痛みを訴える人には抗けいれん剤も効果的」(福富医師)
抗うつ剤には弱い筋弛緩作用があるので、精神的なリラックスに加えて筋肉の緊張が取れる点でも効果的だ。
「抗がん剤等でがんの進行を遅らせたり、補助薬でがんによる不快な症状が軽快したりすると、がんの痛みも軽減できることがある。それによって麻薬の投与量も減らせることもあります」(萬谷医師)
つまり、がん治療と痛み除去は、お互いに深く関与し合った存在ということができるのだ。
こうしたことは、ある程度は確立された考え方になってはいるが、薬の選別や使うタイミングは経験的な知識がモノをいう。ここに福富医師らの豊富な臨床経験が生きてくるのだ。
「乳がんに限って見ても、分子標的治療薬の登場や抗がん剤の進歩によって、治療に費やせる期間は長くなった。その分“痛み”と付き合う時間も長くなったわけだが、それも医療用麻薬や補助薬を使えば克服することができる。つまり、上手に治療を進めさえできれば、QOLを高く維持した日常生活を長期間送ることができるわけです。そのためには“痛みの治療”についての正しい知識を、患者(国民)もきちんと持っておくべきだし、そのために今後医療界は一層の努力をしていくべき」と福富医師。
これだけは「時代遅れ」の一言で済ませてはならない、非常に重要なテーマであることを、あらためて認識する必要があるだろう。
瀧内比呂也医師
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連載・第二弾
生きるための緩和ケア最前線
―“がん治療と積極的疼痛管理”のすすめ
第5回目
『化学療法中の疼痛コントロールの重要性』
がんの痛みを積極的に取り除くことで
抗がん剤治療の成績を相乗的に高める
取材協力:大阪医科大学医学部内科学講座教授、
化学療法センター長
瀧内比呂也医師
<プロフィール>
瀧内比呂也医師
たきうち・ひろや
1959年生まれ。85年大阪医科大学を卒業後、同大第二内科入局。96年米・M.D.アンダーソン・キャンサー・センター留学。2006年より大阪医科大学附属病院化学療法センター長、09年より同大教授。日本臨床腫瘍学会評議員・暫定指導医、日本胃癌学会理事・評議員他 |
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化学療法を受ける患者には、がんそのものの痛みもさることながら、抗がん剤治療に伴う副作用も深刻な問題となる。しかし、がん性疼痛を積極的に除去していくことで、抗がん剤による治療成果を高めることもできれば、反対に抗がん剤治療ががんの痛みを低減させることにもつながる。言い換えれば、この二つの治療は相乗効果をもたらす可能性が高いのだ。そこで、日本の抗がん剤治療の第一人者である大阪医科大学内科学講座教授の瀧内比呂也医師に、化学療法中の疼痛コントロールの重要性について取材した。
(取材・文◎医療ジャーナリスト・長田昭二)
疼痛コントロールの知識なくして
効果的な抗がん剤治療は不可能
大阪・高槻市にある大阪医科大学附属病院。957床を擁するこの病院には、府東部を中心に、京都、滋賀、奈良などの府外からも多くの患者が集まってくる。化学療法センターが開設されたのは3年前のこと。瀧内医師はここで、外来での抗がん剤治療をメーンに診療に当たっている。
「外来なので、大体2週間ぶりくらいの間隔で患者さんとお目にかかります。顔を見たらすぐに、『何か痛みはありませんか?』と訊ねるようにしていますよ」
がん治療の最前線に立つ医師にとって、患者の痛みを正確に把握することは、治療を効果的に進めていく上で最重要課題の一つ。しかし、こと“痛み”に関しては、日本人の奥ゆかしさも手伝って、我慢をしたり過少申告したりする人が少なくないのが実情だ。
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大阪医科大学附属病院
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「患者さんが痛みを遠慮しないで伝えてくれているかどうか、毎回の診察のたび自問自答です」という瀧内医師の言葉は本音だろう。
消化器がんに対する化学療法を専門とする瀧内医師だが、現在は新薬開発にも携わっているため、がん種を問わず抗がん剤治療にあたっている。化学療法センターを受診する患者の9割が消化器がんで、残りが腎臓がん、肉腫、原発不明がんなどだ。化学療法で使う薬は30種類ほどで、どの段階でどの薬を使うかは基本的にガイドラインに沿って決められるが、肝心なのが「組み合わせ」。年齢や合併症など、その患者特有の条件に応じて微妙な調整が求められる。もっと言えば、この“さじ加減”こそが、化学療法医の実力を大きく左右するカギでもあるのだ。
そんな繊細な対応が求められる化学治療において、痛みの除去はどのような位置づけで捉えられているのだろうか。瀧内医師は「最低限の疼痛コントロールについての知識がなければ、効果的な化学療法は不可能」と言い切る。瀧内医師が積極的な痛み除去に打って出るのは、今ある苦痛を取り除くことはもちろんだが、それによって化学療法の効果を高める――という側面での期待もあってのことなのだ。
「最初に」「前もって」の重要性――
事前の情報提供が患者の理解を深める
「痛みがあると、それだけで治療に向かう姿勢を消極的にしてしまう。その点でも疼痛コントロールは重要で、並行して行う抗がん剤治療の成果に大きく影響してくる。逆に、うまく治療ができれば、抗腫瘍効果により痛みが小さくなることもある。そのためにも、まずは痛みを取り去るべき」
瀧内医師によると、化学療法も段階が進み、セカンドライン、サードラインになるにつれ、疼痛コントロールの重要性は高まってくるという。そこで重要になってくるのが、化学療法に入る時点で、疼痛コントロールについての説明を十分に行い、患者に理解してもらうことだ。
「最初に『今はいい薬がたくさんあるので、大抵の痛みは消すことができる』ということをはっきり伝えておくんです。事実、うつなどの精神的な要因による痛みなどを除けば、消化器がんに起因する痛みなら、ここ(化学療法センター)でコントロールが可能です。最初にこれをきちんと伝えておくことで、のちに痛みが出た、あるいは痛みが大きくなった時にも正直に伝えてくれます」
実際の疼痛コントロールはWHOのステップラダーに沿って、最初はNSAIDsからスタートする。特に消化器がんに関しては、いきなりオピオイドを使うケースは稀で、最初はNSAIDsで十分に抑えられる程度の痛みだという。
「朝昼夜のNSAIDsの内服だけで効果が得られない場合は、ボルタレンの座薬などを試してみて、それでも効果が見られない時に“NSAIDs+オピオイド”という選択肢が出てきます」
この時点で注意するのが、オピオイドの副作用。特に便秘と吐き気はほぼ必ず出るので、十分な対策が必要となる。
「たとえば便秘に関しては酸化マグネシウムの併用、吐き気に対してはノバミン(吐き気止め作用のある精神安定剤)の内服などで対応します。副作用については『どんな副作用がある』という情報を、前もって確実に伝えておくことが大事です」
がん患者にとって、突然訪れる異変ほど大きな恐怖はない。治療に伴ってほぼ確実に現れる症状は前もって知らせておき、それに対するアプローチも用意されているということを事前に知っておくことで得られる患者の安心感は計り知れない。瀧内医師がたびたび口にする「前もって」「事前に」という言葉の重要性がそこにある。
医療環境の整備と患者理解の向上が
安全で確実な“痛み除去”を実現する
疼痛コントロールを行うにあたり、NSAIDsを使う段階では患者に抵抗感はほとんどない。しかしオピオイドの導入になると、少なからぬ不安が生じてくる。“麻薬”という単語に対する日本人の持つ恐怖心は奥深い。それでも、そうした誤解は、年ごとに、目に見えて霧散していると瀧内医師は感じている。
「疼痛コントロールに関する患者側の認識は、10年前どころではなく、この5年でも格段の差があります。もちろん薬物依存への不安を口にする人はいますが、それも丁寧に説明すればきちんと理解してくれる。この進歩は目覚ましいものがあります」
そもそもこうしたがん治療を取り巻く患者側の意識の変化の土台として、医療側の進歩があることは間違いないと瀧内医師は指摘する。
「以前は疼痛コントロールといっても、オピオイドの種類は少なかったし、我々医療側が慣れていなかった。今なら経口薬が使えない患者にも貼付薬が開発されたし、オピオイドローテーションも可能になった。こうした疼痛管理体制の向上により、少なくともVAS(Visual Analogue Scale=痛みの客観的評価)で見たときに10段階で“8”くらいの痛みを、“1”程度まで下げることは確実にできるようになりましたから」
もちろん、今後に残されている課題はある。医療用麻薬に対する患者側の誤解は完全に払しょくされたわけではないし、それどころか医療側にも、知識不足から医療用麻薬の使用に躊躇する医師がいるのも事実だ。しかし、それも今後さらなる環境整備が急速に進むだろうと瀧内医師は予測する。
「がん治療を適切に行っていく上で、痛みの治療が重要な意味を持つこと、そのために使われるオピオイドが、決して恐い薬ではないということを、きちんと説明していくことが重要。患者の中でも、そうしたことをきちんと勉強してくる人が増えていますからね」
日々進化する医療。その進化の速度を後押しする最も大きな要因は「患者の力」だ。患者が正しい知識を持つことで、医療環境は向上する。がんの痛みについての正しい知識を持つことが、生きるためのがん治療の水準を高めることになるのだ。
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岡本浩明医師 |
連載・第二弾
生きるための緩和ケア最前線
―“がん治療と積極的疼痛管理”のすすめ
第6回目
『がん性疼痛管理の重要性』
肺がん治療における
積極的疼痛除去のパイオニア――
的確なオピオイドローテーションで高いQOLを実現
取材協力:横浜市立市民病院部長=呼吸器内科長、
腫瘍内科長兼務 岡本浩明医師
【プロフィール】
岡本浩明 (おかもと・ひろあき)
1959年広島市生まれ。84年順天堂大学医学部卒業後、広島大学呼吸器内科入局。同大附属病院並びに関連病院勤務を経て、89年より国立がんセンター中央病院呼吸器内科(レジデント)。94年より横浜市立市民病院呼吸器内科に所属し、2007年より部長。日本内科学会認定医・専門医・指導医、日本呼吸器学会専門医・指導医、日本呼吸器内視鏡学会専門医・指導医、日本臨床腫瘍学会暫定指導医。医学博士。 |
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日本のがん性疼痛管理に使われる医療用麻薬の量は、アメリカなどの先進諸国と比べて極めて少ない――積極的ながんの痛み除去に対する日本の立ち遅れを示す時によく使われる話だが、「ウチの病院のウチの科に関して言えば、欧米に引けを取っていないという自負があります」と語るのが横浜市立市民病院呼吸器内科の岡本浩明医師だ。十数年も前から「早い段階でも痛みがあれば除去すべき」という考えに基づき治療に当たってきた岡本医師の姿勢に、今ようやく日本の医療界が追い付いてきた状況だ。そんな先進的でありながら、最も患者の立場に近い視点でがんと対峙する岡本医師に、がん性疼痛管理の重要性を語ってもらった。
肺がんの痛みは大きく分けて三種類
患者の訴えと画像診断を元に判別
岡本医師が専門とする肺がんで起きる痛みには、大きく分けて三つの種類がある。骨転移によるもの、がん原発巣の胸膜への浸潤、そして神経への浸潤だ。その患者の痛みがこれらのどの種類のものなのかは、患者の訴えとCTやエックス線などの画像診断、あるいは状況に応じて骨シンチやPET等のデータを組み合わせて判別していく。
痛みが出るのはVからW期の進行がん。大半の患者がこのステージで何らかの痛みを感じる。それでも医師に正直に痛みを伝えようとしない患者は常にいるという。
「医師には言わなくても、家族や看護師にはきちんと伝えているんです。医師に痛みを訴えることで、重大な局面と思われてしまうのではないかという不安や、何より“麻薬”という言葉に対する嫌悪感が強いんです。でも、現代はオピオイド(医療用麻薬)を上手に使いながら、並行して積極的治療を進めていく時代。その大原則を医師の側からきちんと伝えていくことが重要なんです」と岡本医師。
痛みの原因が三つのうちのどれであっても、疼痛コントロールの対応は基本的には変わらない。WHOの定めるステップラダーに準拠し、NSAIDs(非ステロイド消炎鎮痛剤)から始めて、段階的にオピオイド(医療用麻薬)を加えていく――というものだ。
NSAIDsにオピオイドを加えるタイミングは、
(1) 安静時でも痛む
(2) 痛みで夜眠れない
(3) 突出痛の発現 |
――のいずれかを目安に行われる。あくまでNSAIDsにオピオイドを加える形を取り、胃潰瘍などのNSAIDsが禁忌なケースを除いて、基本的に“オピオイド単独”になることはないという。
オキシコドンからフェンタニルへ
三系統のオピオイドを効果的に選択
今でこそ、病初期からの疼痛管理の重要性が認知され始めてきたが、まだまだこの考え方を正しく理解できていない者は、患者だけでなく医療界の側にも少なくない。そんな中で岡本医師は、早くから現在の“積極的疼痛除去”の重要性を唱えてきた数少ない医師である。
「他のがん種を診る科に比べて、呼吸器内科医は医療用麻薬の使用に対して比較的アレルギーが少ないということは言えると思います。消化器がんなどと比べて、肺がんは早い段階で内科医が担当することが多い点も関係しているのかもしれません」と語るが、それにしても岡本医師の取り組みは早かった。日本の医療界が「早期からの疼痛管理の重要性」を打ち出したのが5−6年ほど前のことだが、今から16年前に岡本医師が現在の病院に赴任した時には、前任の呼吸器科部長で現院長の渡辺古志郎医師によって、ほぼ現在と同じ医療提供体制が整っていたというから、まさにパイオニアと言えるだろう。
では、当時と今とで異なる点といえばどこか。それは使えるオピオイドの種類だ。
「当時は医療用麻薬といってもモルヒネ(MSコンチン)しかありませんでしたが、今ではモルヒネ以外にオキシコドン(経口薬)とフェンタニル(貼付剤と注射薬)の二系統が登場し、全部で三系統の薬が使えるようになりました(モルヒネにも経口薬以外に座薬やシロップなどの形状が登場)。これにより、薬の効果や副作用の出方を見ながらローテーションが可能になったわけで、積極的疼痛管理を行う上で非常に大きなことといえます」
現状、岡本医師の場合、オキシコドンから始めて、のちにフェンタニルに移行するのを基本線とし、最終的に注射薬の必要性が生じた時に、モルヒネかフェンタニルの注射薬を使うようにしているという。
予想される副作用は事前に回避
呼吸困難もオピオイドで対処可能
オピオイド使用時に注意しなければならないのが副作用だが、たとえばモルヒネとフェンタニルを比較した場合、便秘、悪心、吐き気、眠気のいずれにおいてもフェンタニルのほうが小さいとされており、オピオイドも“使いやすさ”で選択の余地が生まれてきたことは患者にとっても医師にとっても喜ばしいことだろう。もちろん、程度が小さいとはいえ、副作用が予想される以上、その対応は不可欠だ。岡本医師は、ほぼ確実に出現すると思われる副作用に対して、オピオイドと同時に副作用止め(下剤や制吐剤等)を同時処方し、患者が苦痛を味わう前にブロックすることで、QOLの向上につなげていく。
もうひとつ、これも“疼痛”に加えていいかもしれないが、肺がん特有の苦痛に「呼吸困難」がある。じつはこれにも、オピオイドが効果を発揮するという。
「胸水貯留や低酸素血症が否定された呼吸困難には、モルヒネや抗不安薬が効果を示すことが日本緩和医療学会のガイドラインに示されており、私自身の臨床経験から見てもこれは確かにそうだと思います」と岡本医師。つまり、肺がんによって引き起こされる苦痛のほとんどが、オピオイドをはじめとする投薬治療により、排除することが可能ということなのだ。
肺がん治療における疼痛管理をめぐるこれらの事実と、それを実践するための知識やテクニックを、若い世代の医師に伝えるのが現在の岡本医師に課せられた命題だ。
「従来の常識を覆す新しい考えにも柔軟に対応でき、それでいてフットワークの軽い医師に育ってほしい。今は僕自身がバタバタと走りまわっているので、その姿を見て逃げて行ってしまうんですが……」と苦笑する岡本医師。しかし、長年にわたってライフワークとして取り組んできた積極的疼痛除去がようやくコンセンサスを得た今、若手医師たちの注目度も高まっている。
「緩和医療は、もはや末期がんだけの特別な治療ではありません。病初期から緩和医療と積極的治療を同時併用することは大原則だし、疼痛除去と抗がん剤治療、あるいは放射線治療を並行して行うことで、腫瘍が縮小し苦痛除去につながることも多い。適応のある人には、緩和医療と積極的治療を躊躇せずに併用していく姿勢が肝要なんです」と語り、それを実践する岡本医師。その活躍は、目の前の患者にとってはもちろん、将来の患者にとっても、大きな意味を持っていることは間違いない。
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岡田守人医師 |
連載・第二弾
生きるための緩和ケア最前線
―“がん治療と積極的疼痛管理”のすすめ
第7回目
『患者の積極性を持たせる取り組みの背景』
“積極的疼痛除去”と“楽天的思考”をベースに
患者のQOL向上を最優先したがん治療を実践
取材協力:岡田守人医師
(広島大学教授、原爆放射線医科学研究所
・腫瘍外科、大学院医歯薬学総合研究科
・創薬医科学腫瘍外科、大学病院・呼吸外科
/乳腺内分泌外科/消化器外科)
岡田守人医師
おかだ・もりひと
1962年神戸市生まれ。1995年神戸大学大学院医学研究科修了。神戸大学呼吸循環器外科(旧第二外科)、米ニューヨーク・コロンビア大学、兵庫県立がんセンター等を経て2007年より現職。医学博士。
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人がその一生で経験する痛みの種類や程度はさまざまだが、「がんの痛みは他の痛みとは次元の異なるもの」と捉え、積極的に疼痛管理に取り組んでいるのが広島大学教授の岡田守人医師。アメリカでの臨床経験を土台にした診療方針は、“患者本位”に徹した弾力性に富んだもの。「痛みも副作用も人それぞれ」と、患者の声に耳を傾けることに重きを置く岡田医師の姿勢は、単に「痛みを取る」というだけでなく、精神的な側面からの患者支援においても大きな意味を持っている。自身が「明るく、前向きに考える」ことで、治療に対する患者の積極性を持たせる取り組みの背景にあるのは何なのか――。話を聞いた。
アメリカでの実地経験を活かし
相手側の立場を考慮した丁寧な説明で
患者の不安を払拭――
外科医である岡田医師が“痛み除去”の重要性を感じ取った背景には、アメリカでの経験が大きかったと振り返る。
「日本の外科医は院内のカンファレンスや勉強会でも、手術の手技についての話題が大半を占めるのに対して、アメリカでは技術的な討論はもちろん個々の患者さんのQOL向上に関する話も議論される。そこでは当然“痛み”についてディスカッションすることもあり、それはとても勉強になったし、のちに日本に戻ってからの臨床において非常に役立っています」
この連載でも何度か触れてきたが、日本では患者のみならず医療の側にも、がんの疼痛管理の必要性、重要性を正しく認識していない医療者が少なからずいるのが実情だ。2002年に日本に戻った岡田医師は、今ほど周辺環境が整備されていなかった中で、積極的な痛み除去、QOL向上をめざした診療方針を打ち出し、実践してきた。
「医療側でさえそんな状況だから、患者さんはもっと恐がります。第一に“がん=エンド・ステージ”というイメージ。そして第二に、医療用とはいえ“麻薬”を使うことへの強い恐怖心です。こうした不安は今でも多くの方が持っている意識であり、一人ひとりに丁寧に説明をして、安全性と有効性を理解してもらうしかないんですが……」
同じがんでも痛みの出方は千差万別
個別性を重視した医療用麻薬の選択を
それでも、岡田医師が帰国した当時と現在とでは、がんの痛みを取る手法に関しては幅が広がったという。
「当時と比べると薬の種類や用法が増えたので、患者さん個々に合った薬を、よりテーラーメイドに選ぶことができる」と語る岡田医師の方針は次のようなもの。
基本的にはWHOの疼痛管理ラダーに沿ったものだが、患者との話し合いを重視し、患者のリクエストがあればそれを優先して薬を選ぶようにしているという。
「食道がんなどで飲み込むことが困難な時は最初からパッチタイプの薬を使います。しかし、そうではない場合でも『こっちのほうが使い勝手がいい』というケースでは、標準的な使用方法を説明した上で、経口薬よりパッチタイプの薬を優先することがあります」
こうした疼痛管理における“個別性”の重視は、冒頭でも触れた「患者の痛みは一様ではない」という考えに則ったもので、岡田医師の最もこだわる点でもある。
「同じ肺がんでも、肺尖部(肺の頂上部分)にできるがんは、頭部・上腕への神経や血管などに浸潤することが多く、痛み以外にもしびれなどの症状を示すことがある。またアスベスト問題で注目される悪性胸膜中皮腫では、肺実質の表面に広範囲に存在する胸膜全体にできるので、特殊な強い痛みを伴うことが多い。部位によっても痛みの出方が異なる上に、腫瘍の種類や大きさ、浸潤程度によっても痛みは違ってくるのは当然のこと。そうした微妙な違いを知るためにも、患者さんとの会話は重要になってくるのです」
痛みは「徐々に」ではなく「一気に」消して
“痛みのない状態”を実感してもらうことが先決
岡田医師の疼痛管理の特徴は、「初めに除痛ピークを持ってくる」というもの。医療用麻薬を遠慮しながら使うのではなく、最初の投与で確実に痛みを消すことで、患者の安心感、麻薬への不安の払拭、引き続く治療への積極的な取り組みをめざす。
「麻薬を使うことに不安を持つ患者さんに対して、医師が及び腰でいたのでは安心や信頼は得られません。痛みを取ることで本当に日常がラクになる、QOLが確実に高まることを実感してもらうためには、少しでも痛みが残ったのでは意味がない。徐々に効果を高めていくのではなく、最初に思い切って薬を使うべき。いま臨床導入されている医療用麻薬を上手に使えば、がん性疼痛はほぼ確実に消すことができる。ならば、最初に痛みを確実に消して、“痛みのない状態”を実感してもらうことが重要です」
これは進行がんだけでなく、手術の対象となる“根治を目指した治療を行う患者”においても言えることだ。
「手術に先立って放射線や化学療法でがんを縮小させ根治手術を行うことがあります。術前治療でがんが小さくなると、それだけで痛みも縮小しますが、私は薬を使用して最初から完全な除痛を試みます。それによって治療開始前から精神面・肉体面でのゆとりができ、患者さんにとって厳しい治療に対して、前向きな姿勢が現れるようになる。痛みを取るということは、単にQOLを高めるだけでなく、治療に対する患者さんの積極性を醸成する上でも、非常に大きな役割を担っているんです」
そのためにも、患者には痛みを正確に伝えてもらうことが不可欠になってくるが、往々にして患者は医師への遠慮から、痛みを隠そうとしてしまう。
「患者さんとの会話の中で少しでも痛みに関連する発言があれば、医師側への遠慮を考えて、少しでも痛みに関して話しやすい雰囲気に持って行くように努力してはいるのですが……」
そう語る岡田医師は、自身はもちろん、スタッフにも「患者の前では常に笑顔で」と指示している。時にスタッフを叱咤した直後でも、患者の前に出る瞬間には笑顔になる。
「幸福と楽観主義とは、自分がそうしようとする意志を持つことで実現できると考えています。私は意識的に楽天的になることで、小さいことにはこだわらず、常に前に向かって生きたいと思うし、患者さんにも楽天的に過ごしてほしい。明るく笑顔で過ごしてほしいんです。そのためには、まず周囲が笑顔でいる必要がある。意思をもって明るくすることが重要なのです」
患者本位のがん治療の本質が、この言葉に凝縮されている。岡田医師が多くの患者に支持される理由がここにある。
取材を終えた後も、岡田医師の印象的な笑顔が脳裏から消えない。
明るいがん治療――。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
■広島大学・腫瘍外科教室
〒734-8551 広島市南区霞1-2-3
電話082-257-5869 |
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久保田芳郎医師
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連載・第二弾
生きるための緩和ケア最前線
―“がん治療と積極的疼痛管理”のすすめ
第8回目
『患者の性格に応じた痛みへの
対応の必要性』
器質的な痛みは医療用麻薬で除去が可能
精神的な痛みに対するフォローが重要に
取材協力:キッコーマン総合病院院長
久保田芳郎医師
くぼた・よしろう
1949年千葉県生まれ。74年東京大学医学部卒業。同大附属病院、東京都立墨東病院、同駒込病院、米・クリーブランドクリニック・リサーチフェロー等を経て、93年キッコーマン総合病院外科部長。96年より院長。現在東京理科大学薬学部客員教授、日本大腸肛門病学会評議員、日本外科学会指導医、日本消化器学会指導医、日本消化器病学会指導医、日本人間ドック学会評議員などを兼務。医学博士。 |
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「がんの痛みにも色々あって、“精神的な痛み”の占める割合って意外に大きいんですよ」――そう語るキッコーマン総合病院の久保田芳郎院長(専門は消化器外科)は、患者の性格に応じた痛みへの対応の必要性を訴える。昔から「病は気から」と言われるが、がんの痛みにも「気から」生じている部分があり、これを上手にコントロールすることで、器質的な痛みの除去をアシストできるというのだ。がんと宣告されて平常心を保てる人は少ない。単なる痛み除去だけでなく、心のケアを含めた疼痛管理がこれからのがん治療には求められるのだ。
医療用麻薬の種類が増えたことは
臨床医にとっても歓迎すべきこと
久保田医師自身、近年のがん性疼痛除去をめぐる治療法の進歩に驚きを隠さない。
「昔は末期になって初めてモルヒネを使う。それまでは我慢するしかなかったわけで、患者さんは気の毒でした」
しかし、このコーナーでも繰り返し述べてきたとおり、WHOのがん疼痛管理ラダーが取り入れられてから、臨床現場における痛みへの取り組みは劇的に変化した。
「医療用麻薬の種類が増えただけでなく、その使い方にバリエーションが出てきた。基本的な疼痛除去の進め方はラダーに沿って行うが、患者個別の症状に柔軟に対応できるようななった点でも隔世の感があります」と久保田医師。中でもがんの痛みに対する医療用麻薬の使用量には制限がなく、徹底的に痛みを取り去ることができるようになったことを高く評価する。
「医療用とはいえ“麻薬”という言葉に対する不信感は、患者だけでなく医療側にもあったが、その安全性が認められたことで効果を追求することができるようになった。がん患者にとって、痛みの問題は重大ですから……」
以前は注射薬しかなかったところに経口薬が登場し、いまはパッチタイプの痛み止めも開発された。久保田医師のいう「患者の状況に応じた疼痛管理」が実践できる現在の状況は、患者はもちろんだが、がんと闘う臨床医にとっても歓迎すべきことなのだ。
がんを宣告されて元気でいられる人はいない
それでも「気の持ちよう」で予後に差が出る
がんの痛みにはいくつかの分類がある。骨などに転移することで神経が刺激されて起こる「体性通」、膵がんのようにがんが後腹膜に浸潤することで起こる「神経障害痛」、臓器そのものが発するじわっとした痛みが特徴の「内臓痛」などだ。しかし、久保田医師はこれに加えて「精神的な痛み」の存在を重視する。
「器質的な痛みに関しては各種医療用麻薬や、初期段階ではNSAIDsやコデインなどの比較的軽めの薬もあるので、これらを使うことでほぼ完全に制圧が可能。もちろん吐き気や便秘などの副作用へのフォローは必要ですが、それを怠らなければ痛みは消せます。ただ、精神的な問題が元で起きている痛みには、別のアプローチからの対策が必要になってくる。これこそ患者の性格に応じた対応が必要になってくる」と久保田医師。
「がんと言われて元気でいられる人はいませんが、それでも気の持ち方でその後の療養生活は大きく違ってきます。目的をもって気丈にふるまう人は治療効果も現れやすいのですが、塞ぎ込んでしまうと、それがストレスになってさらに免疫力を下げてしまう。免疫力が下がるとがんの進行を早めるだけでなく、感染症など別の病気にかかりやすくなる。私の見る限りでは、気の持ち方の違いだけでも、痛みの出方に大きな差があり、その差は予後の成績や生存率にも直結しているように思います」
そう語る久保田医師が、ある一人の患者の例を話してくれた。
ストレスは“痛み”という手段で己の存在を表現する
それを無視して本当の疼痛コントロールはできない
70歳代後半で早期の胃がんと診断されたKさん(男性)は、がんと聞いただけでショックを受けて真っ青になってしまった。といってもそのがんは内視鏡で取れる程度の小さなもので、事実内視鏡できれいに切除できたのだ。しかし心配症のKさんはそれを聞いても安心しない。それどころか「胃が痛い」「別の場所にも痛みがある」「転移したに違いない」と怯えるばかり。Kさんのいう“症状”に合わせて検査をしても何ら異常は見つからず、久保田医師は、精神的な要因による痛みと判断した。
家族の話では、がんと分かって以来食事ものどを通らない様子で、大好物の刺身にさえ手をつけなくなったという。がんが治った今となってはそちらのほうが心配だ。そこで久保田医師はこう言った。
「Kさん、もう一度だけ検査をさせてください。それで問題がなければお祝いだ。私が保証するから奥さんとお鮨を食べに行ってください!」
この日からKさんはガラッと変わった。“痛み”はなくなり食欲も出てきた。そもそもこの時点でKさんはがん患者ではないので、痛みが出るはずはないのだが、精神的な不安が“痛み”という表現手段を使ってKさんを苦しめていたのだ。
「医者はつい『問題はないんだから痛いはずはない』と言ってしまいがちですが、患者は実際に“痛み”を感じているんです。それをきちんと受け止めてあげるだけでもその後のQOLは大幅に違ってくる。繰り返しますが、器質的な痛みは医療用麻薬で取り去ることができます。問題なのはそれ以外の痛み。これからは精神的な問題にも、治療段階で取り組むべきでしょう」
久保田医師の外来からは、常に笑い声が聞こえてくる。患者の肩を叩いて励ます久保田医師の笑顔を見たくて通院する患者も多い。あれから10年が過ぎ、例のKさんは今も三カ月に一度、定期検査を受けに久保田医師の元を訪れる。自転車をこいで、笑いながらやって来る。
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中村清吾医師 |
連載・第二弾
生きるための緩和ケア最前線
―“がん治療と積極的疼痛管理”のすすめ
第9回目
『乳がん治療における
疼痛管理の実際』
“チーム医療”による効率的な
連係プレーで日常生活への復帰を
目指した疼痛管理を実施
取材協力:聖路加国際病院
(東京・中央区)ブレストセンター長、乳腺外科部長
中村清吾医師
中村清吾医師
なかむら・せいご
1956年東京都生まれ。千葉大学医学部卒業後、聖路加国際病院レジデント、米・MDアンダーソン癌センター等を経て、2005年より聖路加国際病院ブレストセンター長、乳腺外科部長。 |
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乳がん治療における「乳房温存手術」の第一人者として知られる聖路加国際病院の中村清吾医師は、「がん性疼痛のコントロールにおいて、医療提供側のチームワークは不可欠」と断言する。主治医として治療方針を定め、薬の選択、処方量の微調整などを行っていくなかで、緩和ケア科、薬剤師、そして看護部門との連携を強め、それぞれの専門性を最大限に生かしたチーム医療の実践によって、効果的な疼痛コントロールを実現している。「痛みを取ることが治療のベースです」と語る中村医師に、乳がん治療における疼痛管理の実際を聞いた。
副作用で日常生活に支障が出たのでは
せっかく痛みが取れても意味がない
まずは乳がんの痛みについて、中村医師に解説してもらう。
「大きく二つに分かれますが、一つはがんの進行によって皮膚に潰瘍ができて、そこに感染を起こしておこる炎症性の痛み。もう一つは骨に転移することでおきる痛みです。乳がんは骨転移しやすく、背骨や脚など“体重を支える骨”に転移して骨の変形を招き、神経を圧迫すると強い痛みを引き起こす。立つ、座る、歩く――という基本動作に連動した痛みなので、QOLが大幅に低下することになります」
いずれも再発以降におきる症状だが、対策は豊富にある。
まずは投薬による疼痛管理。これまでも小欄で紹介してきたWHOラダーに沿った疼痛コントロールで、痛みを消していく方法だ。
「ロキソニンやボルタレン等の消炎鎮痛剤(NSAIDs)から初めて、状況に応じてオピオイドに移行します。このとき、NSAIDsで無理に引き延ばさないように注意し、効果に陰りが見えたら、速やかにオピオイドに移行するようにしています。オピオイドは経口薬をベースに考え、消化管に問題がある患者、食欲不振や副作用の吐き気が強い人などには、消化器症状が出にくいパッチタイプのフェンタニルを使用します」
便秘などの予想される副作用に対しては、初めから副作用止めの薬を併用することで、快適に痛みが取れることを優先する。
「せっかく痛みが取れても、副作用で日常生活に支障が出たのでは意味がないので……」と中村医師。がんの疼痛コントロールとは、単に痛みを取ることではなく、「普通に日常生活を送れるようにする」ということを念頭に考えるべき性格のものなのだ。
オピオイド、PVP、放射線……
痛みを取る“駒”は豊富にある
骨の痛みにもオピオイドは強力な効果を発揮するが、それ以外にもアプローチはある。中村医師らが導入しているのが「PVP」という治療法だ。
がんが浸潤して変形した骨の部分に骨セメントを注入することで、弱体化した骨を補強し、強度を高める治療法だ。
「元は骨粗しょう症の治療法ですが、がんの及んだ部分の上下の骨がしっかりしていれば、PVPの適用となります。投薬は月に1回の点滴で、骨が補強されると痛みは大幅に低減される。場合によってはそのあとで放射線治療を行うこともあるが、PVPの効果が顕著に出ることが多く、近年は疼痛除去を目的として放射線照射を行うケースは減ってきています」
医療側に疼痛除去の“駒”が増えることで、患者個別の微妙な対応が可能になってきた。「理論的には“取れない痛み”はない」と中村医師も言うように、医師が患者の痛みを正確に把握することさえできれば、何らかの対策を講じることができる時代なのだ。
そこで重要になってくるのが“チーム医療”だ。中村医師は、自身の率いる乳腺外科だけでなく、関連する他部門、特に緩和ケア科との連携を強固にすることで、一人ひとりの患者の症状に応じた疼痛管理を実践する。
「オピオイドの使用が決まったら、可能な限り早い段階で緩和ケア科と打ち合わせを行います。ここでは緩和の専門医、専門看護師、専門薬剤師らとの綿密な話し合いを行い、その患者にとっての個別性の高い処方を行っていきます」(中村医師)
病棟でのカンファレンスでは、緩和ケア科と乳腺外科とが連続して行われ、その患者にかかわるスタッフが情報共有化を図り、効率的な治療と痛みのコントロールができる体制を整備している。
疼痛コントロールは治療の“土台”――
痛みが消えたらがんを忘れても構わない
乳がんは、再発してからの患者と医師の二人三脚の時間が長い。それだけに痛みを確実に取って、普通に日常生活を送れる状況にすることが重要になってくる。
「痛みが出るイベントをいかに減らし、確実性の高い予防策を講じていくことができるかに、専門医としての力量が問われることになるのだろうと思います」と語る中村医師。それだけに、患者の痛みを正確に把握することには努力を惜しまない。
特に外来患者の場合、限られた診察時間内では患者も医師に対して遠慮してしまい、痛みを我慢したり隠したりすることがある。そこで点滴などの時間を利用して、看護師が上手にインタビューし、より正確な情報が主治医に伝わる連携も取られている。
「話を聞くのは何と言っても看護師が上手ですからね」と笑う中村医師。ここでも高い専門性に裏打ちされたチームプレーが実力を発揮する。
もちろん、オピオイドに対する中毒や依存症などの誤解を持つ患者には、時間をかけて根気強く安全性を説明していく。
「早い段階で痛みが取れれば、それだけでも免疫力も高まる。まずは痛みのない“元の状況”に戻したうえで、その後の治療戦略を立てていくべきです。オピオイドを使うことが治療のおしまいではなく、これからの治療を始めるためにまず痛みを取る――という認識を持ってもらうことが大前提ですから」
そのオピオイドも、使い始めたら一生飲み続けるわけではない。きちんと痛みがコントロールできれば減量するし、痛みが完全に消失すれば離脱することもある。再発がんといっても、乳がんの場合はそうしたことも決して珍しいことではないのだ。
「がんという病気は、診断された時点でがんになったように思いがちだが、実際にはその人の体の中にかなり以前からがん細胞は潜在的にいたんです。そもそもがんというのは自分の細胞がグレているだけのこと。ならば“共存”という意識を持てばいいだけのこと。薬を使って痛みが取れて、日常生活が普通に送れるなら、がんのことなど忘れてもらって構わないんですよ」
疼痛管理を確実に行うことで、普通の日常生活を送ることができるからこそのアドバイス。まさに“生きるための疼痛管理”が、ここでは実践されているのだ。
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大坪毅人医師 |
連載・第二弾
生きるための緩和ケア最前線
―“がん治療と積極的疼痛管理”のすすめ
第10回目
急性期病棟こそ“がんの痛み”を取ることを
考えるべき理想的な疼痛管理の環境づくりに
“チーム医療”で挑む
取材協力:聖マリアンナ医科大学外科学消化器
・一般外科教授、中央手術部部長
大坪毅人医師
大坪毅人(おおつぼ・たけひと)医師
1959年石川県珠洲市生まれ。86年聖マリアンナ医科大学卒業。その後東京女子医科大学消化器病センターに勤務し、2004年より現職。
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それまでの制度を変えていくとき、トップに立つ者には周囲からは想像できない苦労がつきまとう。これまで小欄で繰り返し述べてきたように、がんの痛みは症状が出た時点で速やかに除去していくという考えは、以前の医療界にはなかったもの。治療ができる間は治療に専念し、それが不可能になったら緩和ケア――という考え方に支配されていたこの世界に、現在の疼痛管理の考え方が本格的に導入されたのは、ほんの10年ほど前のことだ。治療法というより、制度そのものを変革していった先進的な医師の一人に、今回紹介する大坪毅人医師がいる。
がんの痛みを取って悪いことは一つもない
患者に「痛い」と言わせたら医者失格だ
大坪医師の専門は「消化器外科」。普通は消化器の中でも「上部」「下部」「肝胆膵」などの細かな分野に細分化されるのだが、大坪医師はあくまで「消化器外科」という表現にこだわる。
「女子医科大学に勤務していたころの上司だった高崎健先生の教えなんです。『医者というものは本来どこの部位でも診られなければいけないもの。専門を訊かれたら、せめて“消化器”にとどめておけ』って(笑)」
その教えに従い、消化器系の悪性疾患は部位に関係なく手術してきた大坪医師。その高崎医師のもう一つの教えに、患者さんの痛みをとれ!――というものがあったという。
「がんの痛みに関しては徹底して指導されました。『回診の時に患者に“痛い”なんて言わせたら医者失格だ!』って。それだけに、世の中ががん性疼痛のコントロールに重きを置くようになる以前から、早い段階で痛みを取ることが当たり前のように行われていましたね」
そうした臨床環境に長らく身を置き、母校である現在の聖マリアンナ医大病院に教授として戻った大坪医師がまず取りかかったのが、がんの痛みに対する取り組みだった。
「少なくとも、がんの痛みを取って悪いことは一つもないんです。それを患者だけでなく医療スタッフにも理解してもらい、積極的に痛みを取る方向に変えていきました」
大学病院は組織が大きいだけに、全体の方向性を少し変えるだけでも大変だが、大坪医師のチームはそのリーダーシップによって早期に環境は整備された。
外科医は手術だけしていればいい時代ではない
若いうちに疼痛管理の知識と技術を身に付けるべき
聖マリアンナ医大病院での、がん性疼痛をめぐる環境整備が早期で進められた背景を訊くと、大坪医師は「一つ運が良かったことがありました」と、その要因を語ってくれた。
「私が着任する前から、緩和ケアの資格を持った看護師が院内にいたんです。それで以前から彼女たちは、緩和ケアチームを立ち上げようとしていたようなのですが、なかなか医師の協力が得られずに、提言は出るたびに立ち消えになっていたようですね」
そこに大坪医師が来たことで、彼女たちの希望は実を結ぶことになる。当然、大坪医師としても話を進めやすく、緩和ケア部や薬剤部、また時には精神科との連携を取りながら、チーム医療として「疼痛コントロールは急性期の病棟こそ取り組むべき」という考え方が、急速に浸透していくことになる。
「外科医だからといって、手術だけしていればいいという時代ではありません。いまでは若い外科医にも、というより若いうちにこそ、医療用麻薬を含む疼痛コントロールの知識を身に付けるように指導しています」という大坪医師の積極的な姿勢が実を結び、同院の外科において、痛み除去は治療ができなくなってから――と考える医師はいなくなった。
しかし、それだけで問題が解決したわけではない。医療側の意思が統一できても、治療を受ける患者の側の認識に、いまだ温度差があるのだ。これまで小欄で繰り返し述べてきたように、「麻薬は毒」「麻薬を使うのは最後の手段」といった誤解を持つ患者やその家族は少なくない。
「こればかりは時間をかけてでも話をして、正しい知識を持ってもらう以外にありません」と大坪医師は語るが、がんの痛みに医療用麻薬を使っても習慣性はないこと、また痛みを我慢することで貯まるストレスによってかえってがん治療にブレーキがかかる危険性があることを丁寧に説明することで、多くの患者の納得と理解を得ることはできるという。
外科医にとっては、ある意味手術以上に根気のいる作業となるが、こうして地道にコミュニケーションを深めることで、患者の恐怖心は確実に小さくなっていく。がん治療に携わる医師にとって、決して見過ごすことのできない部分と言えよう。
医療用麻薬の種類が増えたことで
正確な痛みの申告があれば対応は可能
がんの疼痛コントロールに対する大坪医師らの基本的な考え方は「チームプレー」。特に痛みの判断や性格によっては、その道の専門家の意見や技術を必要とする場面も出てくる。
「器質的な痛みに関してはオピオイドなどを的確に使用することで対応可能ですが、精神的な痛みについては必ずしもそれでは満足のいく成果を得られないこともある。そんな時には、精神科医や薬剤師との連携を密にすることで、打開策を見出していきます」(大坪医師)
うつ傾向が見られる患者には精神科医によるカウンセリングをベースに、状況に応じて抗うつ薬や抗けいれん薬などの処方を検討し、そうではない場合でも極力薬剤師がベッドサイドに出向く環境を整備することで、より微細で正確な患者のリクエストを汲み取る努力が行われる。
「医師には言いにくいことでも、看護師や薬剤師になら言えることもある。特に医療用麻薬に対する不安などは、薬の専門家である薬剤師から説明したほうが、患者の安心感も大きいので、できるだけ彼らと患者との接点が多くなるように努めています」
具体的な痛み除去の考え方はWHO方式に準じたもので、患者の訴えに応じてNSAIDsからスタートし、医療用麻薬の投与開始後は副反応の出方を見ながらオピオイドローテーションを展開していく。
「最近はオピオイドの種類も増えて、ローテーションが組みやすくなった。特に近年は、消化器系のがん患者には副反応として消化器症状を伴わないパッチタイプのオピオイドを使うこともできるので、患者にとっても医療側にとっても便利になった」と大坪医師。
正確な痛みの申告さえできれば、対応策は揃っているということを、まずは患者の側が知識として持つことが重要なのだ。
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常塚宣男医師
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連載・第二弾
生きるための緩和ケア最前線
―“がん治療と積極的疼痛管理”のすすめ
第11回目
『胸部外科医から見たがん性
疼痛コントロールの重要性』
“痛みを取ること”はがん治療の最重要課題――
手術の痛みも含めた疼痛除去に積極的に取り組む
取材協力:常塚宣男医師
(石川県立中央病院呼吸器外科診療部長)
常塚宣男(つねづか・よしお)医師
1965年京都府生まれ。91年金沢大学医学部卒業。96年同大学院医学系研究科博士課程修了。石川県立中央病院、金沢大学附属病院、独・フライブルク大学胸部外科等を経て、2006年より石川県立中央病院呼吸器外科科長。08年より同診療部長兼内視鏡室次長。 |
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がんの痛みというと、骨や筋層、神経への浸潤によっておきる痛み、と思いがち。しかし、それ以外にも痛みはある。外科的手術によってできたキズの痛み、すなわち「創痛」だ。「創痛も含めて、がんに関連する痛みはすべて取るべきだし、痛みを完全に取り除くことが治療の土台となる」と語るのは、金沢市にある石川県立中央病院呼吸器外科部長の常塚宣男医師。オピオイド(医療用麻薬)のなかった時代なら別だが、確実に痛みを取ることができる現代において、「痛みがあるのにそれを使わないのは、意味がないことだしもったいない」と話す常塚医師に、胸部外科医から見たがん性疼痛コントロールの重要性を語ってもらった。
がん性疼痛も創痛も“まずは取ること”が大事
QOL向上だけでなく治療全体に追い風となる
常塚医師が率いる石川県立中央病院呼吸器外科では、肺がん手術において特に胸腔鏡手術に力を入れている。同科では昨年一年間で約270例の全身麻酔手術、173例の原発性肺がん手術を行っているが、じつにそのうちの四分の三が胸腔鏡による低侵襲手術。しかし言い換えれば、残る四分の一はパンコースト腫瘍(肺尖部にできる痛みの強いがん)などに代表される大掛かりな開胸手術であり、そこには当然「切開部の痛み」が残る。
「外科医の中には『創痛はがんの痛みではないので、それに強い痛み止めを使うべきではない』という人もいるが、私はそうは思わない。がんがなければ手術もしないで済んだわけだから、創痛も含めて“がんの痛み”と考えるべき。痛みを区別するのではなく、痛みがあるならまずは取り去るのが我々医者の仕事でしょう」と笑う。
実際に、がんの痛みも創痛も、消えれば患者のQOLが高まるだけでなく、治療に対して積極的な姿勢を取ることができる。疼痛緩和がすべてにおいて追い風になることを、経験的に知っているからこその笑顔なのだ。
一般的に進行肺がんや再発肺がんの痛みは骨や胸膜などへの転移によるもの。痛みは体壁に出ることが多く、「肺から肺へ」といった臓器転移の場合は痛みは出にくいという。しかし、骨転移なら痛みが必発かというとそうでもない。
「PETで骨転移と診断されても痛みがない人もいる。転移による痛みを訴える人は全体の7割ほどで、痛みの出方にも個人差がある」と常塚医師。中にはがん性疼痛と気付かずに「齢のせい」と考え、マッサージなどで凌いでいた人もいるという。これは取りも直さず、がんの痛みは元気に日常生活を送れる段階でも出ることを意味しており、ここで確実に痛みを除去すれば、快適な生活と積極的な治療が可能だということを示唆している。
早い段階からの疼痛緩和の必要性を裏付ける話といえよう。
がんの痛みは虫歯の痛みと同じこと
痛いままでの質の高い治療は難しい
がん性疼痛のコントロールは、基本的にはWHOラダーに沿って行われる。つまり、初めはNSAIDs(非ステロイド系抗炎症薬)を使い、痛みの出方によってオピオイド(医療用麻薬)を重ねていくというアプローチだ。しかし、実際には骨転移のある人は、その時点でNSAIDsが処方されているケースが大半であり、事実上の疼痛緩和は最初からオピオイドによって始まるといっても間違いではない。
一方、先にも触れた創痛が強い場合は、初めから積極的にオピオイドを使うことになる。
「切開部が大きいとNSAIDsでは効果が薄く、オピオイドに頼らざるを得ない。しかし、創痛は2−3カ月で治まるので、その時点でがんの痛みが小さければ一度オピオイドを止めることもある」(常塚医師)
もちろん、胸腔鏡手術でも痛みの出方は千差万別。特に胸腔鏡を挿入する部位には肋間神経が走っているので、人数は少ないものの、人によっては強い痛みが出るケースがある。その場合も常塚医師は躊躇することなくオピオイドを使って、「まずは痛みを取る」ことを優先させる。
「がん治療において“痛みを取ること”は最重要課題と言ってもいいほど大事なこと。たとえば虫歯で歯が痛む、あるいは自転車でころんで擦り剥いても、痛みに意識が行って仕事が手につかなくなるのと同じで、がんの痛みに耐えながら質の高い治療をするなんて無理な話なんです。まずは痛みを取ることから始めるべき」
こうした「痛みを取ることの重要性」は、単にQOLを高めるだけのことではない。治療効果促進という面でも見逃せない側面があると常塚医師はいう。
「術後は歩くことで痰が出やすくなるので、なるべく歩くように指導していますが、それでも寝てしまう人がいる。理由は『痛いから』。この時点でNSAIDsは処方されているので、そこにオピオイドを追加すると、痛みが消えて歩けるようになる。全体的に状況は好転することになるんです」
もちろん化学療法やリハビリをする上でも痛みがないほうが積極的に取り組めるので、いきおい治療効果も高まることになる。まさに「生きるための疼痛緩和」なのだ。
貼付型医療用麻薬の登場で状況は好転
急がれるのは患者側の意識改革――
7年前にドイツに留学した時に、がん治療における疼痛緩和の重要性を目の当たりにしたという常塚医師。日本に帰ってからは特に痛みを取ることに重きを置いた治療姿勢を鮮明にしてきたが、当時は日本で使えるオピオイドの種類も少なく苦労したという。しかし、最近はオピオイドの種類が増えたので、患者はもちろん医療者にとっても利便性は高まっているという。
「特にパッチタイプのオピオイドの登場が状況を大きく変えた感がある。副作用として便秘を起こすことが少ない上に、3日に1回の交換で済むので使い勝手がいい。またほとんどの患者は痛み止め以外にも色々な経口薬が出ている中で、“パッチ”という形状から“特別なもの”という意識が湧くようで、忘れることがない点でも便利です」
つまり、がん性疼痛に対する医療側の環境整備はほぼ整ったといえる現在、あえて課題点として常塚医師は「患者側の“疼痛緩和”に対する理解不足解消」を挙げる。
同院では“麻薬”という言葉に拒否反応を示す患者は少ないという。“医療用”という冠が付くことで安心するのだろう。しかし、多くのがん治療医が悩んでいるのと同じく、常塚医師も「痛みを我慢する患者」の存在を前に、憐憫の情を隠せないでいる。
「検査結果から見て、どう考えても痛みがあるはずなのに隠そうとする。あるいは大きな手術をしたんだから痛くないほうがおかしいのに、『せっかく手術してもらったのに、痛いなんて言ったら申し訳ない』なんて遠慮する人もいる。そのベースには“我慢は美徳”という日本人特有の道徳観があるだけに、本当に気の毒になってきます」
がんの痛みを積極的に取ることの有用性と安全性が医療消費者に浸透しきれていない現状で、最も解消が急がれる問題といえるだろう。
「自分からは言いにくいけれど、訊かれれば答えるという感じです。医療者側から問いかけることが大切ですね」と常塚医師。患者と医師のコミュニケーションの深さが、医療の質を大きく左右するのだ。
痛みがあるならまず取ることからがん治療は始まる――という、海外では当たり前の考え方が根付いた時、日本のがん治療の水準は本質的にも「世界レベル」となる。供給側の医療界では、急速にその認識は普及している。いま最も求められるのは、医療を受ける側、患者側の“意識の変化”なのだ。
取材・文◎医療ジャーナリスト・長田昭二
1965年東京生まれ。日本大学農獣医学部を卒業後、出版社勤務を経て2000年よりフリー。新聞、雑誌を中心に医療記事を執筆。著書に「病院選びに迷うとき 名医と出会うコツ」(NHK出版・生活人新書)他。日本医学ジャーナリスト協会会員。 |
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