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週刊がん もっといい日

生きるための緩和ケア最前線
―痛みからの解放

取材・文◎医療ジャーナリスト・長田昭二
1965年東京生まれ。日本大学農獣医学部を卒業後、出版社勤務を経て2000年よりフリー。新聞、雑誌を中心に医療記事を執筆。著書に「病院選びに迷うとき 名医と出会うコツ」(NHK出版・生活人新書)他。日本医学ジャーナリスト協会会員。

連載第1回
(08.4.11)
連載第2回
(08.5.2)
連載第3回
(08.6.13)
連載第4回
(08.7.4)
連載第5回
(08.8.8)
連載第6回
(08.9.5)
連載第7回
(08.10.3)
連載第8回
(08.11.7)
連載第9回
(08.12.5)
連載第10回
(09.1.16)
連載第11回
(09.2.13)
連載第12回
(09.3.27)



武田文和医師
連載

生きるための緩和ケア最前線
―痛みからの解放

第1回目
『日本の緩和ケアが持つ課題と方向性』
急がれる「麻薬と中毒」の正しい知識の普及、
そして「まず苦痛ありき」のがん治療からの脱却を・・・

取材協力:武田文和医師(埼玉医科大学客員教授)

<プロフィール>
1933年埼玉県熊谷市出身。57年群馬大学医学部卒業、62年同大学院医学研究科修了。同大助手、講師、助教授(脳神経外科)を経て75年埼玉県立がんセンター手術部長。93年より98年まで同センター長。他にWHO(世界保健機関)がん疼痛救済プログラム主任協力員、WHOがん専門化諮問部委員、九州大、並びに佐賀医科大非常勤講師などを歴任。現在埼玉医科大学客員教授。

日本でも近年は、多くの医療機関で緩和ケア病棟が導入され、ターミナル期だけでなく、がんのような慢性疾患においては、初期治療段階からの緩和ケアの導入が進められている。がん患者にとって、こうした「苦痛からの解放」は切実な問題だが、医療スタッフや家族への遠慮もあって、本音が言えない、あるいは、医療側に“おまかせ”の受診姿勢を余儀なくされているケースも少なくない。一方、患者に限らず、日本人の多くが、緩和ケアに対して持っている印象は、「最後の姑息的治療」といったネガティブなものであり、緩和ケアを受けることが、ある意味、「あきらめ」の意味をもって受け取られているのもまた事実。しかし、本来の緩和ケアとはそうしたものではなく、今そこにある苦痛を排除することで、人間らしい本来の生活を取り戻すことが目的であるはずだ。そこでこの連載では、現在の日本の緩和ケア最前線を取材することで、こうした問題点を浮き彫りにし、本来の緩和ケアのあり方を考えていきたい。第1回目は、日本におけるがんの疼痛管理の第一人者である埼玉医科大学客員教授の武田文和医師に、医療用麻薬の観点から日本の緩和ケアが持つ課題と方向性を語ってもらった。


緩和ケアの目的は痛みを消すこと――
すべてのがん患者を治療対象とすべき

 がん治療は、手術も化学治療も放射線治療も、いずれにしても患者にとっては「正常の生活マイナスα」の負荷をかけている。それでも、がんを治すのだから我慢しなさい――というのが、従来のがん治療の考え方だった。
 しかしこれは、見方を変えれば「治すためであっても患者の日々の生活を犠牲にしている」ことでもある。そこで1970年代に「QOL(生活の質)の尊重」という概念が、がん医療に導入されることになる。
 この頃すでにヨーロッパでは、ターミナル期のがん患者の症状を消すアプローチが臨床導入されており、人生を閉じるその瞬間まで、人間らしい生活を送ることができるよう医学的なサポートをする取り組みができていた。
 このターミナルケアのなかでも、とくに「痛みを取り去る」ことがもたらす成果が高く評価され、80年代になると「ターミナル期ばかりではなく、すべてのがん患者を対象に痛みをとるべき」という考え方が広がっていく。
 その結果、「ターミナルケア」ではなく、すべてのがん患者の痛みをやわらげるという意味で、「緩和ケア」という名称が用いられるようになったのだ。この緩和ケアをめぐる医療側の考え方に、今も日本と欧米の間で温度差がある、と武田医師は指摘する。
「まだ日本に緩和ケアの考え方が導入される以前のことですが、イギリスのホスピスを見学した日本の医療者は、その痛み治療の現場を見て驚いたのです。日本では『できるだけ使わないように・・・』とされていたモルヒネが、イギリスのホスピスでは、堂々と広く使われている。そしてモルヒネによる痛み治療で、きちんと痛みがなくなれば退院して社会復帰する――という考え方で運営されている。医療者を含む多くの日本人が、『ホスピスは終の棲家』と考えているのとは大違いなのです」。
 胃がんの患者でも、前立腺がんの患者でもあっても、がんに侵されている部分以外は健康なのだ。その正常で健康な部分のほうが多いのだから、その部分を有効に活用して、支障なく日常生活が送れるよう支援するのが医療の役目であり、そのためには、がんを患っていることによる苦痛を消せばいい――というのがヨーロッパ型の考え方であり、また武田医師の治療姿勢の根幹をなすものでもある。
 日本人の誰もが、「がんは苦しいもの、痛いもの」と考えている現状を見るにつけ、こうした日本のがん医療の立ち遅れを嘆かずにはいられない、と武田医師はいう。


日本のモルヒネ使用量は
アメリカの四分の一

 緩和ケアというと、「患者の心に主眼を置くもの」と考える医療者は多い。しかし武田医師は、そうではないと断言する。
「がんという疾患は、『身体の病気』であって精神の病気ではない。痛みがあれば、精神的にも暗くもなるし、うつにもなる。確かに、うつは精神疾患だが、その原因は、がんの痛みという身体症状であり、身体症状に目を向け対応することこそが医療の主要な役割です」
 そこで重要な意味を持ってくるのが、医療用麻薬である。日本で麻薬指定されている薬は、どれも痛み止め作用という意味では、“横綱クラスの力”を持っている。がんの痛みは、人間を苦しめる痛みのなかでは“横綱クラス”。つまり、横綱クラスの痛みに打ち勝つためには、当然、横綱クラスの薬を使わなければ勝負に勝てない。
 しかし日本の医学教育では、麻薬は否定され続けてきた。それは中毒を恐れてのことだが、実際のところ中毒は、がんの痛み治療で使う麻薬では起こらず、安全であることも、またどうして中毒が起きないかも確認されているのだ。
「健康な人が、麻薬を繰り返して使えば中毒になります。しかし、痛みが続いている人では、脳内にその痛みに対抗するシステムが構築され、このシステムが稼働しているときに麻薬を投与しても、中毒にはならないという研究結果が報告されているし、WHO(世界保健機構)もそれを認めている。そもそも麻薬が中毒になるのは、快楽中枢を刺激されることによって起こるものです。しかし、痛みが続いている人に麻薬を投与した場合、快楽中枢への刺激が回避される仕組みが働くようにできている。だから、がんの痛みに苦しんでいる人に麻薬を使っても、中毒になるという危険が回避され、問題化しないのです」(武田医師)。
 ところが、こうした事実を多くのがん治療に携わる多くの医師が知らない。そして「麻薬は中毒になる」という古色蒼然たる言い伝えを信じて、麻薬の使用に及び腰だ。
 武田医師は、「若い医師は、そうした最新情報による教育を受けているので、麻薬使用に抵抗感がないのですが、『麻薬=悪』と教え込まれた現在の幹部クラスの古株が、どうしても積極的になれない。報告や論文を読んで、理性では理解できていても、感性がそれを受け入れていない。これは日本の医療界にとって憂慮すべきことですが、最も気の毒なのは患者です」とため息をつく。
 各国の医療用麻薬使用量は、国連で統計をとっているが、日本の使用量は各国と比較しても著しく少ない。2005年に、日本で使用が許されている医療用麻薬の総使用量は約1トンで、同じ年のアメリカの使用量は約50トン。人口対比で見ても、日本の25倍の使用量だ。
しかもアメリカでは、この他に日本では使われない麻薬も使っていて、実際の使用量の総合計はさらに増加する。この状況を、アメリカのメディアも不思議に感じているようで、例えば、ニューヨークタイムスは、こう報じている。
「日本では、医療用麻薬が犯罪に用いられるケースは極めて少なく、その管理体制の水準は高い。こうした状況で医療用麻薬の適正使用が進めば、日本は世界のよい手本になれる」
 日本のがん医療の現場に今求められるのは、新たな科学的知識を広く受け入れることだ、と武田医師は強調する。





鈴木央医師
連載

生きるための緩和ケア最前線
―痛みからの解放

第2回目
『在宅での緩和ケアの実情と問題点』



取材協力:鈴木央医師
(鈴木内科医院=東京都大田区=副院長)


<プロフィール>
鈴木央(すずき・ひろし)
1961年東京都生まれ。87年 昭和大学医学部卒業後、同大第二内科学教室入局。91年同大学院修了。94年高津中央病院内科医長、96年社会保険都南病院内科部長を経て、99年より現職。父で鈴木内科医院院長の鈴木荘一医師が日本に紹介したホスピス、ターミナルケアの概念を引き継ぎプライマリ・ケア、在宅ケア、特に在宅緩和ケアを専門としている。東京医科歯科大学臨床教授、東邦大学医学部院外講師を兼任。東京プライマリ・ケア研究会幹事、城南緩和ケア研究会世話人、日本在宅医学会幹事、日本プライマリ・ケア学会理事。

在宅ならではの利点を活かして
最高水準の緩和ケア提供をめざす

がん患者が過ごす場所は、病院のベッドの上だけではない。自宅で日常を送りながら、治療を続けている人も数多くいる。自分で医療機関に通院できる人もいれば、それが叶わない人もいる。今回紹介する鈴木央医師は、そんな在宅患者を自宅に訪ね、経験豊かな知識
に基づく高度な緩和ケアを提供する現代の“赤ひげ”ドクターだ。日本における緩和ケアのパイオニア的存在の父を見ながら、独自に学んだ緩和ケアの知識と技術は、在宅という限られた医療環境で最大限に発揮され、患者とその家族に消えかけた笑顔を蘇らせる。鈴木医師に、在宅での緩和ケアの実情と問題点、そして自身の特徴ある取り組みについて取材した。


外来診療の合間を縫って患者のもとへ
自転車で町中を疾走する“赤ひげ”ドクター

 JR京浜東北線の大森駅から徒歩10分。大通りから一歩路地に入ったところに、鈴木央医師が副院長を務める鈴木内科医院がある。何の変哲もない町の診療所。事実、鈴木医師も、「うちは一般的な内科のクリニック。かぜを引いて来られる方もいれば、高血圧の患者さんも診ます。普通の診療所ですよ」と笑う。
ただ一つ、大きな特色と言えるのは、外来診療の合間を縫って鈴木医師が在宅診療をしている点。しかもそれは、単なる訪問診療ではなく、出向いた先では、がんの疼痛管理、つまり緩和ケアが行われているのだ。
「緩和ケアだけを対象に、在宅診療をしているわけではありません。脳梗塞などで外来通院が難しい方から依頼があれば、それにも応じて出かけていきます。まあ、在宅診療というよりは、昔ながらの“往診”といった感じですね」
在宅で疼痛管理を受けているのは、常時、平均して3−4人ほど。それ以外に、外来で緩和ケアを受ける患者がほぼ同数いる。往診の範囲は、診療所を中心として2qの範囲内。自転車で15分で行ける距離が基準だ。
「このあたりは、意外に坂道が多いんですよ。それで最近は原動機付きの自転車にしたんです。これ、ホントにラクですよ!(笑)」、自然の成り行きだった。父で、この診療所の院長・鈴木荘一医師の影響による。
「1970年代の半ばでしたが、父の弟ががんで亡くなったことが始まりでした。闘病に接した父は、従来のがん治療、とくに痛みに対する消極的な治療姿勢に疑問を持つようになったんです。その後、単身イギリスに渡った父は、近代ホスピスの祖とされるシシリー・ソンダース医師に会い、当時、日本にはなかった在宅型ターミナルケアのノウハウを学んできました。そのころ私は中学生でしたが、この診療所で父が始めた医療を見ながら、いずれ自分も同じことをするんだろう――と考えていたのは事実ですね」。
その志を持って医学部に進んだが、医学生時代も研修医時代も、緩和ケアに関する講義は存在しなかった。現在の緩和ケアの根幹となるWHO(世界保健機構)のがん疼痛対策法についても、父がそうしたように独学で学ぶしかなかった。
 大学を卒業後は消化器内科を専攻。大学やその関連病院で研鑽を積み、1999年に診療所を実質的に継承した。当時この診療所では、年間12〜15例の看取りがあり、その8割ががんだった。
「患者には、『大学病院に見捨てられた』という感情を持っている人が少なくない。それに対して、『決して見捨てられてはいませんよ』ということをわかってもらうことから入らなければならない。これは、当時も今も変わりません」。
 がん医療の技術は進化しても、根幹は変わっていないようだ。


緩和ケアの目的は「痛みを消す」だけではない
在宅だからこそわかる患者の不安を理解すべし

 オピオイド(医療用麻薬)の使用に対して、否定的な考えの患者がいることは、在宅においても同じこと。なかには、「麻薬を使うと痛みが消える代わりに命を縮めるのでは?」と、鈴木医師に不安な表情を見せる人もいる。鈴木医師が、医療側の情報発信力の足りなさを感じさせられる瞬間だ。
 鈴木医師の疼痛管理の考え方は、極めてシンプルなもの。モルヒネ、オキシコドン、それに貼り薬のフェンタニールの三つのオピオイドを、WHOラダーに則って使っていく。ただし、そのプログラムで行くと決めたら、徹底してラダーに沿った治療を進める。強い痛みには強い薬を、弱い痛みには弱い薬を、躊躇なく使っていく。医療用麻薬を中途半端に使うと、かえって苦痛を招く危険性があることを、鈴木医師は経験的に知っている。
「緩和ケアの目的は、単に痛みを取るだけではないんです。痛みが取れれば精神的なケアも進むし、それによって日常生活にもゆとりができる。苦痛が消えることで食欲が出る人もいて、それによって栄養状態が改善されれば、化学療法のパフォーマンスステータスが上昇することだってある。決して消極的治療ではありません」。
 外来や入院ではない、在宅ならではの医療特性は確かにある。患者の自宅に持ち込める薬や医療器具に、限界は生じる。使いたい薬が足りないときには、診療所に取りに帰ることもあるが、その状況下で上手にやり繰りする工夫も必要だ。
一方で、在宅診療の医療上のメリットもある。自宅を訪ねれば患者の生活水準を嫌でも知ることになるが、そこから患者の苦痛の一因を推し量ることもできるのだ。鈴木医師が以前、経験した肺がん患者のケースを話してくれた。
「痛みが激しくて、麻薬の投薬量は増えていくばかり。食事も摂れないので、病院では高カロリー輸液を入れ、呼吸も苦しいので酸素もどんどん送り込んでいた。それでも、痛みが取れないまま在宅に切り替わったのですが、ご自宅にお邪魔してわかったのは、その方の最大のストレスは、“経済的不安”だということ。それで輸液や酸素の投与は止めてしまい、薬もできるだけお金のかからない投与法に変えたところ、きれいに痛みが取れました」
 父を見て、実地で経験し、現場で緩和ケアを学んできた鈴木医師。それだけに、いま医療界が、この分野に目を向け始めたことを好意的に受け止める。
「この4月からは、がん基本対策法により、がん治療に携わるすべての医師が緩和ケアについての講習を受けることになったので、あと2−3年もすれば、緩和ケアを巡る状況はかなり改善するはず。とにかく患者にも医師にも知ってほしいのは、がんの痛みがあるなら、どんな状況であっても麻薬は使えるということ。積極的治療の段階で麻薬を使うことは、安全性の面でも何ら問題のないことであり、たとえ早期のがんであっても、痛みがそこにあるのであれば、緩和ケアが介入すべきということを、当たり前の知識として持ってもらうことが大切なんです」
 その強い思いを胸に、鈴木医師は今日も自転車で患者のもとへ駆けつける。





林章敏医師
連載

生きるための緩和ケア最前線
―痛みからの解放
第3回目『緩和ケアの臨床の現状と今後の展望』

「がんの痛みは、我慢するよりもむしろ、
痛みが弱いうちに積極的に対処していく“
さきがけ鎮痛”が大切・・・」



取材協力:聖路加国際病院(東京都中央区)
緩和ケア科医長 林章敏医師

【プロフィール】
林章敏(はやし・あきとし)
1988年宮崎医科大学医学部(現・宮崎大学医学部)卒業。淀川キリスト教病院内科、ホスピス医員等を経て95年より日本バプテスト病院ホスピス医長。98年より同ホスピス長。仏教大学、同志社大学、京都大学等の非常勤講師も務めた。2004年より聖路加国際病院緩和ケア科医長。現在広島大学大学院と東京医科歯科大学医学部非常勤講師を兼務。編著書に「死をみとる一週間」「誰でもできる緩和医療」(ともに医学書院)他。07年より厚生労働省「終末期医療に関する調査検討会」委員。

日本の緩和ケアの第一人者として知られる聖路加国際病院緩和ケア科医長・林章敏医師は、まだ日本に緩和ケアという分野が芽生え始めたばかりの今から20年前に医師としてデビューした。「学生時代から終末期医療に興味があった」という林医師は、自身もクリスチャンということもあり、身体のケアのみならず精神(魂)のケアの必要性を感じ、一貫して終末期医療の知識と技術を学び、身に付けてきた。これまでは決して急速な普及とは言えないが、それでもこの春から、WHOのがん疼痛管理ラダーに健康保険が適用されるなど、遅まきながらも緩和ケアを巡る社会的状況は、その必要性に理解を示し始めている。そこで今回は、林医師に、緩和ケアの臨床の現状と今後の展望を語ってもらった。

必要に応じて一般の診療科でも緩和ケアが導入されるべき・・・

 林医師が医学部を卒業した1988年、日本にはホスピスを持つ病院は2ヵ「か所だけで、ホスピスや緩和ケアという概念が、医療者にさえ理解されていない時代だった。それを思うと現在は隔世の感があるが、それでも林医師は「途上に過ぎない」という。
「緩和ケアとして行う痛みの除去は、終末期医療だけのものではない。必要に応じて一般の診療科でも緩和ケアが導入されるべき。確かに昔に比べれば“緩和ケア”の認知度は医療者側、患者サイドともに進みましたが、現状の緩和ケアのあり方が本来の姿というわけではないんです」
すでに触れたとおり、WHOの推奨するがん疼痛管理法が保険診療として認められ、立ち遅れていた日本の緩和ケアにとって、強い推進力となったことは事実だが、それだけで普及が進むものではない、と林医師は懸念する。その最大のネックとなっているのが、「患者の我慢」だ。
「『多少の痛みは堪えなければ』という精神論や、『病気なんだから痛いのは当然』といった“あきらめ”に起因するものと、『麻薬を使うと危険』という誤解に基づく要因があります。その根底には医療側のPR不足もあるのですが……」
臨床でこうしたケースに遭遇するたびに、林医師は丁寧に説明し、痛みを取り除くことの必要性を説いていく。
「がんの痛みは、我慢するとかえって痛みに対して敏感になっていく。我慢するよりもむしろ、痛みが弱いうちに積極的に対処していく“さきがけ鎮痛”が大切。がん疼痛に対するオピオイド(医療用麻薬)の使用に依存性はないことが科学的にも証明されていることとあわせて説明していくと、ようやく納得してくれるケースが多いのですが、なかにはそれでも我慢する人もいます」
日本人特有の「我慢は美徳」という考え方が、緩和ケアの前に立ちはだかる。


臨床における疼痛コントロールの実際

 そんな林医師に、臨床における疼痛コントロールの実際を訊いた。
 がん患者の訴える苦痛のなかで、疼痛は7〜8割を占める。
「痛みの評価は、患者の訴えを信じることに尽きます。患者の訴えには、身体的否痛みに精神的な痛みも加わっている。医療者側が身体所見から『3程度の痛み』と想像する時に患者が『8相当の痛み』を訴えたら、それは精神的な苦痛が『5程度』上乗せされていると想像できます。逆に所見上『8の痛み』があると判断されるときに『3程度』の痛みしか訴えない時には、我慢していることも考慮しつつ、一方では精神的な安心感がもたらされ、痛みが軽減しているということもあり得ます」(林医師)。
身体所見と対話を、高いレベルで融合させてジャッジメントしていく能力が重要になってくるのだ。
 では、患者は痛みをどのように訴えればいいのだろうか。林医師は「医療者にとって便利な情報」として、次の項目を挙げる。
(1)いつから
(2) 強さ(十段階にこだわる必要はない。大中小でもなんでもいい)
(3) どこが(痛む範囲や広がり、複数の場合はそれぞれの強さや発生時期も)
(4) 痛みの性質(ズキズキする、針で刺されたような、ズシンと重い、締め付けられるような――など)
(5) どんなときに痛みが強くなるか(動いたとき、朝方――など)
(6) 逆に「どうすると痛みが和らぐか」あるいは「痛みが日常生活にどう影響しているのか」(痛くて立ち上がれない、歩くことができない、眠れない――等)
以上に加えて、薬を使っている場合は、その効き具合を可能な限り詳細に話すことが的確な疼痛管理には役立つと林医師は指摘する。
がん性疼痛には突出痛という特徴的な痛みがある。慢性疼痛と異なり、一日のなかで何度か発作的に生じる痛みだ。これには「レスキュー」と呼ばれる“即効性があって速く引いていく”痛み止めを使える。
こうした身体的な痛みに加えて、先にも触れた精神的な痛みがある。これは決して「気のせい」ではなく、精神的な不安によって痛みに敏感になっているためのもの。医師は対話のなかで、こうした情報を漏れなく得る努力をしているのだ。



外来での緩和ケアについて

外来での緩和ケアについても訊いた。
「外来では、副作用が出たときの対応に注意が必要。今の薬はどれも副作用が小さくなっているが、それでも便秘や吐き気は出やすい。想定外の症状が出たり、副作用がつらい場合は、次の外来まで我慢するのではなく、すぐに医師に連絡をして対策を講じるべきです」。
また外来の場合は、投与量の微調整も難しいので、先に触れたレスキューを使った場合は、いつ、どれだけ使ったのかを次回の外来で医師に伝えてほしいと林医師はいう。
「それによってその後の疼痛管理の計画が立てやすくなります。『こんなときにこれくらいの頻度で使った』という記録があれば便利です」
 現在臨床で使われるオピオイドは、大きく分けて3種類。それぞれの特性に合わせた使い分けが大切だ、と林医師は指摘する。
「モルヒネは息苦しさを和らげてくれるので、咳などの呼吸器症状がある時に適しています。オキシコドンは、比較的低用量の製剤があるので幅広い痛みに対応でき、副作用も少ない。腎機能が低下しても使える薬です。フェンタニールは、さまざまな副作用を経験した人や、嚥下障害がある人などに適しています」
なかには、痛みをゼロにすることは難しいケースもあるが、まったくお手上げの痛みもない。どんな痛みであっても、何らかの対処はできるので、まずは「痛い」と訴えることが大切。そこからすべてが始まるのだ。


緩和ケアとは“生きるためのサポート”をする診療科であるべき・・・

 これまでの日本のがん治療では、緩和ケアが関わるのは、「積極的治療が不可能になった時」に限定されてきた。林医師は、これを是正すべきと訴える。
「救急に一次、二次、三次と段階があるように、がん治療における緩和ケアも、状況に応じて初期段階から関わりを持つべき。保険診療にWHOラダーが組み込まれ、そこには初期レベルでの疼痛管理の対応方法が示されており、必要があれば躊躇なく緩和ケアが乗り出すべきです。従来はシームレスケアという“くさび型”の医療対応でしたが、今後求められるのは、パラレルケア。がん治療と緩和ケアが、自然な形で交じり合うのが理想的。ただし、そこでの“治療”と“緩和ケア”の比率は、がんの種類や患者の人生観によっても違ってくる。医療者は一律で考えるのではなく、柔軟な対応をする必要があります」
 これを実践するためには、外科や内科、放射線科など、他科と緩和ケア科との連携強化が不可欠となる。聖路加国際病院のように病院を挙げて緩和ケアに積極姿勢をとる病院は別としても、なかには、せっかく緩和ケア科があるのに、他科の認識が低いため、宝の持ち腐れとなっているところも少なくない。医療者全体の意識改革が求められるところではあるが、その点でも今回の診療報酬上の動きは、その意味でも追い風となっている。
「緩和ケアが、“死”そのものと結びつきすぎた感はある。しかし緩和ケアとは、本来、治療中の痛みがあるすべての人に関わる診療科であり、死に直面した人を支えるのはもちろんだが、一方で“生きるためのサポート”をする診療科であるべき。症状が出てから消すだけではなく、症状が出ることを予防する取り組みもしている。これからは『がんになったら緩和ケア』と考えることで、本来の緩和ケアの位置づけは変わってくるはず」。
生きるための緩和ケアという意識を、患者も医療側も持つべきなのだ。


医療ジャーナリスト・長田昭二




吉澤明孝医師

連載

生きるための緩和ケア最前線
―痛みからの解放

第4回目
『患者の“尊厳生”を最大限に尊重しながら
在宅を含む緩和ケアに取り組む』

取材協力:吉沢明孝医師
(要町病院副院長、要町ホームケアクリニック院長)


<プロフィール>
1959年東京都出身。85年日本大学医学部卒業、89年同大学院修了。癌研究会附属病院麻酔科を経て要町病院副院長、要町ホームケアクリニック院長。麻酔科指導医、ペインクリニック認定医、東洋医学会認定医、慈恵会医科大学麻酔科非常勤講師、東京医科歯科大学非常勤講、日本緩和医療学会代議員、JPAPオピニオンリーダー、医学博士。

日本ではまだ、「緩和ケア」と聞いただけで絶望し、あきらめ、悲観する人が大半を占める。しかし、本来の緩和ケアとはそのような性格のものではないはずだ。「緩和ケアとは死を待つ医療ではない。尊厳を持って生きることを目的とした医療です」と語気を強めるのが、東京・豊島区にある要町病院の吉澤明孝副院長。日々その信念のもと、患者の“尊厳生”を最大限に尊重しながら在宅を含む緩和ケアに取り組んでいる。身体的苦痛だけではない、「トータルペイン」に重きを置いた吉澤医師の緩和ケアに対する思いを語ってもらった。


■必要に迫られて、がんの疼痛コントロールを始めた

 日本の緩和ケアの第一人者と知られる吉澤医師だが、最初は外科志望だったという。
「ちょうど僕が医師になる直前に、父(故吉澤孝司医師)に麻酔科を勧められたんです。まあ自分としても、将来、外科に行くなら麻酔科を勉強しておいた方がいいだろうと思ってその通りにしましたが、今思うと、それが緩和ケアに進む第一歩になっていますね」
 父の設立した要町病院に入職すると同時に、当時、池袋にあった癌研附属病院の麻酔科にも籍を置く。そこで外科から、「痛みの強いがん患者がいるんだけれど、なんとかならないか?」と相談を受けるようになり、“ペインクリニックの延長”として手伝うようになった。
「当時は、緩和ケアなんていう言葉もなかったので、必要に迫られて、がんの疼痛コントロールを始めたという感じです」。
しかし、その頃の癌研には、緩和ケアのためのベッドはなかった。それでもがん性疼痛のコントロールへのニーズは高まり、とくに頭頚科のがんは、在院日数が長くなることから、吉澤医師の本拠地でもある要町病院で「受け入れてほしい」との要請があり、それを受けることになる。
「癌研では、身体的な痛みだけを担当していたので疼痛管理には自信がありました。ところが、自分が主治医になって初めて、身体的な痛みを取り除くだけではダメだということに気付かされたのです。社会的、精神的な苦痛への対応も必要だったんです。若かったといえばそれまでですが、鼻っ柱を折られたような衝撃でしたね」。
それ以来、吉澤医師は、傾聴、共感、手を当てる、そしてユーモアを取り入れた“トータルペイン”への対応を練るようになっていく。
師匠はいない。すべてが独学だ。臨床でn一つひとつ勉強していくしかない。しかし、そうして身に付けてきた知識と技術だけに、現在の吉澤医師の治療に対する姿勢は強い自信に裏打ちされている。


■半径16キロのエリアを対象に
半日で10人前後の患者宅を回る「在宅型緩和ケア」

 もう一つ、吉澤医師が力を入れているのが、「在宅型緩和ケア」だ。これには吉澤医師自身、印象に残っている思い出がある。
「小学校の頃に、父親との会話のなかで、将来どんな医者になりたいか――を話していたんです。そのときに僕は、『トラックに医療材料を載せて、患者さんの家を回る医者になりたい』と答えたんです。病院で患者が来るのを待つのではなく、自分から患者の家に出かける医者になりたかった。まさに今、やっている在宅診療なんですよ」
現在、吉澤医師の在宅診療は週2回。しかし、他の医師の診療を含めると、火曜から土曜まで在宅診療が組み込まれている。半径16キロと広いエリアを対象として、半日で10人前後の患者宅を回る。本来であれば、エリアごとで担当医を割り振った方が効率的だが、要町病院では、それにはこだわらない。患者の症状や悩みに合った医師が担当するようにしているため、ときには一人の患者のためにかなりの距離を移動することもある。
「手技的に高度な対応が必要な患者、循環器系に問題のある患者、呼吸器系に不安のある患者――などさまざまな患者のニーズに合った医師が担当するようにしています。もちろん誰が担当になっても一定水準のケアが可能ですが、こうすることにより、それ以上の細かな部分で専門性を生かした治療が可能になります」
そう語る吉澤医師は、主としてメンタル面でのサポートが特に必要な患者を受け持つことが多い。得意のユーモアあふれるコミュニケーション能力がここで役立つのだ。


■医療スタッフに求められるのは
「患者と家族のことをよく知る」という姿勢

病棟と在宅での治療の違いについて、吉澤医師は次のように語る。
「病院では、患者の家族はお客様なのに対して、在宅では我々医療スタッフがお客様。この違いを常に意識していないと、コミュニケーションを深めることは難しい」
在宅で、何より医療スタッフに求められるのは「患者と家族のことをよく知る」という姿勢。勢い病棟と比べてスタッフと患者、スタッフと患者の家族の関係は濃くなるが、吉澤医師は、「無理してそこに一線を画す必要はない」という。
「よく、自分の受け持ち患者が亡くなっても看護師は泣いてはいけないなんて言われますが、一所懸命に看病した結果残念ながら亡くなったときに、『よく頑張ったね』と思うことができれば自然に涙は湧いてくるものだし、僕だって泣きますよ。人間の死とは、単に悲しいというだけではなく、尊厳の終着地点でもあるわけです。あなたの人生は素晴らしかった、見事だった、カッコ良かった――と思えれば、涙がでるのは当然のこと。無理に止める必要なんてないんです」。
 取材の間、吉澤医師が幾度となく口にした言葉が「尊厳生」。医療は、すべてこの「尊厳生」のためにある――というのが吉澤医師の信念であり、すべての行動の立脚点となっている。
「今でも緩和ケアを“死を待つための医療”と思っている人が大半を占めますが、死ぬために医療など必要ない。緩和ケアとは尊厳をもって生きるために苦痛を取り除く医療であり、決して後ろ向きの医療ではないはず。少なくとも僕は、そのつもりで緩和ケアに取り組んでいます」


■在宅の緩和ケアとは「家で楽しく生きることが目的」

たとえば患者が、在宅での緩和ケアを選んだ場合、吉澤医師は家族がこのことを理解するまで繰り返し説明するという。
「在宅の緩和ケアとは、家で楽しく生きることが目的であって、家で死ぬことが目的じゃない。患者が家に帰ることで、家族の不安が強くなると考えるようなら、在宅での緩和ケアはすべきではないし僕も勧めません。患者が家に帰ったときに、家族が『おかえり!』と声をかけ、たとえ患者は食べられなくてもみんなで食事をして、会話をして、笑い声が上がることで、初めて患者の尊厳生が保たれ、在宅での緩和ケアは成り立つんです」
 患者にそうした意識を持たせる努力をする一方で、吉澤医師は現在の医療制度の抜け穴を指摘することも忘れない。患者の家族が、もしギブアップしたときに、速やかに受け入れる医療体制の整備ができていないというのだ。
国は、がん拠点病院と在宅で緩和ケアを担当する医師の連携の重要性は指摘するものの、その間で“万一のときに受け入れる中間型施設”の必要性には触れていない。それが整備されたときに、家族も患者の尊厳生に意識が向けられ、理想的な在宅型緩和ケアが実現するに違いない。
いま要町病院は、診療報酬上のバックアップのないまま、率先してその受け入れ施設を買って出ている。だからこそ、吉澤医師の口をつく苦言に重みが増すのだ。


■効果的に医療用麻薬を使うことで
QOL(生活の質)を高めることを考えるべき・・・


 これまで、この連載でも繰り返し触れてきたが、医療用麻薬に対する患者や医療者の知識の希薄さも、緩和ケアの健全な形での認知拡大の阻害要因になっている。
「薬物依存を不安視する患者は非常に多い。そもそも日本では、子どもの頃から麻薬と覚せい剤は悪者の筆頭として教え込まれているわけで、それをいきなり『大丈夫だから使いましょう』といったって、簡単には納得できません。その不安から、何度も同じ質問をしてきますが、そんなときは、毎回、初めて訊かれたときのように説明することが大切。『前にもいったでしょう』なんて言ってしまうと、患者が委縮するだけです」
 医療用麻薬に対する知識のなさは医療側にも言えることで、吉澤医師も参加するJapan partners against pain(JPAP)が、2年前にネット上で1000人の外科治療に携わる医師に「医療用麻薬に関するWHO5原則を知っていますか?」とアンケートを取ったところ、「聞いたことがあるが内容は知らない」と「知らない」という答えが47%を占めたという。 
昨春に施行された、がん対策基本法では、これを5年ですべての医師に周知すると謳っているが、吉澤医師は、そんな簡単な問題ではないとため息をつく。
「いまだに患者に向かって『麻薬なんか使うと廃人になる』なんて話している医師もいるんですからね……」。
繰り返すが、がん性疼痛に関しては、医療用麻薬の使用による薬物依存の危険性はない。痛みがあるときは、効果的に医療用麻薬を使うことでQOL(生活の質)を高めることを考えるべきだし、進行がんや転移がんだけでなく、それ以前のステージであっても、緩和ケアが介入することで治療の質は大幅に向上する。



■尊厳をもって生きるための“医療” が緩和ケア

緩和ケアとは、症状がある患者の症状を緩和することであり、進行がんと転移がんだけを対象としているわけではない。吉澤医師は、さまざまな工夫で、そうしたステージの低いがん患者の痛み除去にも取り組んでいる。
「たとえば頭頚がんで放射線治療をすると、のどが焼けてバーニングペインという痛みが生じ、ものを飲み込みにくくなる。そこで頭頚科の医師と相談して、胃薬とキシロカインを凍らせたアイスボールを作ったんです。患者はこれを舐めることで、徐々にのどの症状を和らげることができます」
乳がん治療でも、緩和ケアのニーズは高い。
「乳がんの術後痛は神経障害性疼痛ですが、多くの外科系の医師は、がんが取れたんだから我慢しろという。しかし患者にとっては、我慢できない痛みだし、患者は痛みがあると再発を疑ってQOLが下がってしまう。やはり医療が介入すべき問題であり、ここで緩和ケアがきちんと痛みを取ることが大切なんです」
この場合は、すでにがんを切除しているので、患者は“がん患者”ではない。緩和ケアが、がん患者以外も治療対象とする可能性もあるということだ。
「日本人の多くは、緩和ケアとホスピスを同じものとして考えています。しかしホスピスが、苦しまずに死を迎えるという“哲学”なのに対して、緩和ケアは尊厳をもって生きるための“医療”であり、この二つはイコールではないんです」。
この吉澤医師の言葉を、国民が正しく理解する必要があるのだ。




鈴木夕子医師
連載

生きるための緩和ケア最前線
―痛みからの解放

第5回目
『緩和ケアを支える人々―治療医の現場から』
患者の意識を本来の日常生活に近づけて
普段通りに接することで“自然な笑顔”を呼び戻す

取材協力:大阪厚生年金病院・呼吸器内科医長
鈴木夕子医師 


<プロフィール>
1967年大阪府豊中市生まれ。93年奈良県立医科大学を卒業後、大阪府済生会吹田病院、柏原市民病院を経て2002年より大阪厚生年金病院に勤務、内科医長。日本内科学会認定医・指導医、日本呼吸器学会専門医、日本呼吸器内視鏡学会専門医・指導医。

日本人の多くが持つ「緩和ケア」という、医療領域に対する暗いイメージ。「死」や「あきらめ」といった負の要素に支配された思考が、緩和ケアを必要とする患者に大きなダメージを与えている。そんななか、従来のイメージを覆す、笑いに満ちた明るい緩和ケアを実践するのが、大阪厚生年金病院呼吸器内科医長の鈴木夕子医師。鈴木医師は、本来、呼吸器内科を専門としているが、患者が緩和ケアを必要とする状況に至った場合、そのまま主治医として診療を受け持つ。医療現場で、は鈴木医師の底抜けの明るさに引っ張られるように、患者の笑い声が病室から聞こえてくる。患者の意識を本来の日常生活に近づけて、普段通りに接することで“自然な笑顔”を呼び戻す鈴木医師の取り組みを取材した。


大阪厚生年金病院の緩和ケアの体制

 まずは、鈴木医師の勤務する大阪厚生年金病院の、緩和ケアの体制について説明しておく。同院には、緩和ケア科として独立した診療科や病棟は存在しない。がん患者が緩和ケアを必要とする段階に移行した場合は、それまでの主治医がそのまま担当しながら、緩和ケアチームという専門の医療スタッフが治療に加わるというシステムである。
緩和ケアチームは、疼痛コントロールのアドバイスをする麻酔科医やメンタル面でのケアを担当する精神科医、また緩和ケアの専門教育を受けた認定看護師、それに薬剤師や栄養士などで組織され、患者の主治医と相談のうえで、必要な人員が必要なときに病棟を訪れるという形だ。
 患者は、それまでの病棟から移動することはないので、「緩和ケアに移される」という環境面での変化に伴うストレスは感じずに済む。
 呼吸器内科が専門の鈴木医師は、担当するがん患者の大半が肺がんで占められ、年間に約30人が緩和ケアに移行している。
 自分でも「私のウリは、この笑顔ですから!」と話すとおり、とにかく明るい。病棟でも外来でも、鈴木医師の行く先々から笑い声が響いてくる。それは、緩和ケアの患者であっても変わることはなく、普通の人が頭に思い描く、その情景とはまるでイメージを異にする。
 「もちろん、患者さんによっては、精神的につらい状況で落ち込んでいる人もいます。そんなときに、無理して笑わせたところで意味はないし、患者さんにとって失礼です。そんなときは、ゆっくり話を聴くようにしていますが、それでもしばらく時間が経つと、お互いに信頼関係ができてくる。すると、どちらからともなく自然に冗談が出るようになって、そうなるとあとは、外来や一般病棟と同じです。私がこういう性格だからかもしれませんが、患者さんの方から冗談を吹っかけられることのほうが多いかもしれませんよ。もちろんそんなときは、受けて立ちます!(笑)」

鈴木医師の行くところに必ず笑い声がある。
看護師とのカンファレンスも、笑いのなかで
進められていく
モットーは「一診療一笑い」、
そして医療とは無関係の会話が大切・・・

「一診療一笑い」(一回の診察で最低でも一回は笑わせる)がモットーという鈴木医師。患者の心をつかむ話術もさる、変幻自在にトークを繰り広げる。「昨日は、どれだけ酒を飲んだ」「釣りに行ったけれど何も釣れなかった」といった趣味の話題から、「今年のタイガースは調子がええな!」といった大阪ならではの話題、ときには「先生は独身か? わしがもうちょっと若かったらなあぁ・・・」といったことも。


「医療とは無関係の会話が大切なんです。病院に入院しているんだから、病気以外のことを考えたいはず。普段の日常生活に、少しでも近づけてあげたいと思いますよね」
 そんな鈴木医師だけあって、当然、患者からの人気も抜群だ。外来の担当日は、多くの患者でごった返す。あまりの多さで、午前と午後の診療がつながってしまうことも珍しくないが、気の毒に思った患者が、菓子パンを買ってきてくれたり、冬には、わざわざ病院の外で売っていた焼いもを差し入れに来てくれたりもする。
「この前も、入院患者さんが木彫りの人形をくれたんですよ。『入院中は暇だから、先生をモデルに彫ってみた』って。見たら、裸の女のカッパの人形なんです。アタシこ、んなにグラマーかしらって、ちょっと喜んじゃったりして(笑)」
 ターミナルだから、緩和ケアだからと言って暗くなる必要はない――という医師は多い。しかし、ここまで明るく、ここまで患者に愛される医師は少ないだろう。抗がん剤などによる治療を終え、緩和ケアに移行すると決まったとき、ほとんどの患者が、「鈴木医師と離れたくない」と言う。そして、その後も変わらず、鈴木医師が担当すると聞いて、皆、心の底から安堵する。まさに理想的な患者と医師の関係が、そこにある。


「痛みがあるなら、我慢しないで取りましょう」

 緩和ケアに対する鈴木医師の考え方は、「痛みがあるなら、我慢しないで取りましょう」という一言に集約される。
 「どちらかというと、家族は精神的な面での不安を持ちますが、患者本人が最も苦しめられるのは、やはり痛みです。ならばその痛みを取り除くことで、かなりラクになれるはず。今は医療用麻薬も種類が増えたので、さまざまな形で対応が可能になりました。薬をちょっと変えるだけでも、患者の状況は大きく変わってくるもの。訴える痛みのすべてとはいきませんが、それでも9割以上の痛みは消すことができます」と胸を張る。
 とくに近年は、パッチタイプの医療用麻薬が登場したことで、臨床における状況は非常に改善したという。
「呼吸器領域のがんの場合、痛みだけでなく吐き気を訴えるケースが多い。そんなときに貼るタイプの麻薬は、とても便利だし効果も大きい」
 患者のなかには、痛みを我慢する人もいるが、緩和ケアチームには専門教育を受けた看護師もいるため、微妙な表情の変化から得られた情報が医師に伝わってくる。
「やはりチームの力は大きいです。とくに、常に患者と接している看護師の情報収集能力に助けられるところは大きい。また栄養士も、患者の好みを最大限取り入れてくれるので、人によっては『これが病院食?』って思うようなコッテリ系の食事をしている人もいます」
 よく言えば静かな、悪く言えば陰鬱、といった雰囲気の漂うことが多い緩和ケア。しかし、他の病棟と何ら変わることのない、明るく活気溢れる鈴木医師の診療姿勢は、その患者に自然な形で活力を持たせてしまう。
 緩和ケアという診療科が普及するなかで、さまざまなタイプの緩和ケアがあっていいはずだし、患者第一を考えるのであれば、そうでなければならない。鈴木医師の取り組みは、その一つの例として医療界が大いに参考にすべきだろう。



連載

生きるための緩和ケア最前線―痛みからの解放

第6回目
『がんによる痛みを知る』


取材協力:みやぎ県南中核病院副院長・蒲生真紀夫医師

患者とのコミュニケーションづくりの工夫により、
早い段階からがんの痛みを取り除くことで患者の
本来あるべき療養生活の実現に努力・・・


<プロフィール>
蒲生真紀夫医師
1958年宮城県生まれ。84年東北大学医学部を卒業後、同大付属加齢医学研究所・癌化学療法研究部門等を経て、2002年にみやぎ県南中核病院に勤務。副院長兼腫瘍内科部長。現在NPO法人東北臨床腫瘍研究会理事を兼任。

オピオイド(医療用麻薬)の進化に伴い、がんによる痛みの大半はコントロールが可能になった。日本でも疼痛管理のスペシャリストが増えたことで、苦痛から解放され、本来の日常生活を取り戻している患者が数多くいることは、これまでも伝えてきた。しかし、こうした疼痛管理を確実に行うためには、その患者の痛みを、医師が的確に把握する必要がある。「がんは痛いもの」という固定観念や、「病気なんだから仕方ない」といった我慢やあきらめは、痛みからの解放のチャンスを逸するだけでなく、時には治療の機会さえ逃すことにもつながる。そんななか、患者とのコミュニケーションづくりの工夫により、早い段階からがんの痛みを取り除くことで、患者の本来あるべき療養生活の実現に努力している医師が東北にいる。みやぎ県南中核病院副院長・蒲生真紀夫医師を取材した。


「最高水準のがん治療を提供する地方病院」の実現に向けて
地域のネットワークの充実に取り組む

 蒲生医師の勤務するみやぎ県南中核病院は、仙台市から電車で南に30分、稲作の盛んな緑の多い田園地帯にある。近隣の町村が出資者となり、元あった二つの病院を統廃合して6年前に完成した300床規模の近代的な病院だ。蒲生医師は、ここのオープニングスタッフの一人。その開設準備委員会から参画している。
「それまで大学病院で腫瘍内科の臨床と研究を続けていたが、そろそろ臨床に特化したいと考えていた時に“新病院設立”の話が耳に入ったんです。どうせ大学から外に出るなら、自分の理想とするところで働きたいと思い、それなら準備委員会で発言したほうがよかろうと(笑)」
 蒲生医師が新病院に求めたコンセプトは、「最高水準のがん治療を提供する地方病院」。自ら掲げたテーマの実現に向けて、まず取り組んだのが、地域のネットワークの充実だった。同院がテリトリーとするエリア内で開業するクリニックや中小病院などとの連携を強化することで、お互いの医療機能を補完し合う関係づくりを進め、あわせて地域で働く訪問看護師や介護事業者との情報の共有化に着手した。
 これにより、がん患者、とくにターミナルケアを必要とする段階の患者が、在宅での療養を希望した場合のスムーズな移行が可能になった。もちろん、それとは逆に、連携先の医療機関から受け入れを要請された時は、絶対に断らないという太いパイプを整備することで、結果として患者と地域住民にとって最も理想的な医療提供体制を整備することができつつあるという。


積極的ながん治療を推進し早期における
身体的苦痛の除去にも目を向ける

 疼痛管理を柱とする緩和ケアの分野でも知られる蒲生医師だが、本来の専門は腫瘍内科。今もその立場は変わらず、手術が不可能なケースや再発がんなどに向けての化学療法をメーンに行っている。そんな蒲生医師が、緩和ケアに興味を持つようになったのは、進行がん患者の多くが精神的な苦痛もさることながら、身体的な痛みや症状を訴える場面に多く立ち会ってきたことによる。
「せめてこの苦痛を取り除くことができれば、元の普通の生活が送れるのでは……と考えるようになったんです。病気と向き合う上で、痛みの存在は非常に大きな障壁となっていて、それをなくすだけでも患者にとってのメリットは大きいはず」
 抗がん剤投与などによる積極的ながん治療を推進するかたわら、身体的苦痛の除去に目を向けた蒲生医師は、医療用麻薬による疼痛コントロールの技術を学んでいく。そして、その取り組みのなかで行きついた一つの答えが、「がん治療の早期における痛み除去」の必要性だった。
「がんの種類にもよりますが、たとえばすい臓がんなどは強い痛みが出て初めて病院を訪れる人が多い。こうした人は現状の医療体制では通常、精密検査後にがんの確定診断が出てはじめて疼痛管理の対象となります(医師が緩和ケアに理解のある場合に限られるが)。しかし、がんが疑われる患者がすでに痛みを訴えているのであれば、その時点でまず、がん性疼痛にも効果のある消炎鎮痛剤を中心に早期に痛みの治療を始めることが重要。その上で、迅速ながん診断を行い、結果ががんであれば引き続きオピオイド使用を含めた十分な緩和ケアの実施に踏み切れる体制を敷いておくべきです」
 蒲生医師によると、こうして疼痛管理に積極的な姿勢を示すことで、患者と医師の信頼関係は深まり、抗がん剤治療も含めたその後の治療を効果的に進めることができるという。単に「患者の苦痛を取り去る」というだけでなく、トータルでがん治療を見た時に、その水準を大きく底上げすることができるのだ。


初期の緩和ケアの知識と技術は、
がんに関わる医師であれば持っておくべき・・・

 緩和ケアを行うにあたり、いま日本の医師が治療のベースにしているのが、WHO(世界保健機関)が作成した緩和ケアに関してのガイドライン、いわゆる「WHOラダー」だ。このラダーの登場は、それまで出足の鈍っていた日本の緩和ケアにとって大きな追い風になったが、蒲生医師はラダーだけに頼ることがすべてではないと訴える。
「WHOラダーは、あくまで世界標準として作られたもの。“これなら医療環境の整わない発展途上国でも可能”という範囲のものであって、日本のように医療水準の高い国であれば、本来、それを上回る緩和ケアが行われて当たり前なんです。早期の緩和ケアの介入などはまさにプライマリケアにあたる部分で、もっといえば、WHOラダーの範囲での緩和ケアは、糖尿病の血糖値管理や高血圧の血圧管理と同じように、がん診療医なら当たり前のようにできなければならないもの。その領域を超えて、特殊な専門技術が必要になった時に初めて疼痛治療専門医が登場するくらいに、初期の緩和ケアの知識と技術は、がんに関わる医師であれば持っておくべき」
 その際に重要になってくるのが、患者の痛みをいかに正確に把握するか――という問題だが、これも蒲生医師はさまざまな工夫で取り組んでいる。
「診察時には痛みの度合いを示す定規を使って、『このくらい』と視覚的に表現してもらったり、自宅での痛みの経過や薬の効果をうまく伝えられるようにオリジナルの“痛みの日記”を渡して、記入してもらったりもしています。また、外来で初めてオピオイドを使う時には、投与後1−2時間は院内にいてもらい、時間が経ったところであらためて“投与前の痛み”を思い出してもらうこともあります。投与前は自ら知らず知らずに我慢を重ねていたのが、痛みが取れたことで過去の痛みをうまく表現できることも少なくない。こうして“本当の痛みの度合い”を探っていくことも時には大切。初回の投与を病院内で行うことで、安全性と安心感を実感してもらうことができます」
 長年の努力によって積み重ねられてきたこうした技術を、院内の若い医師や地域の連携診療所の開業医、また看護師や薬剤師などのコ・メディカルも含めて広い対象に発信する蒲生医師。自らが掲げた「最高水準のがん治療を提供する地方病院」という目標が、達成される日は、そう遠い話ではないのかもしれない。



みやぎ県南中核病院

〒989-1253 宮城県柴田郡大河原町字西38−1
電話0224-51-5500




白山宏人医師
連載

生きるための緩和ケア最前線
―痛みからの解放

第7回目
『緩和ケアを支える人々―在宅ホスピスの現場から』
理想的な在宅緩和ケアの実現に向けて
在宅医療、病院、市民(患者を含む)の三つの柱が
相互に理解しあえる関係作りをめざす


取材協力:大阪北ホームケアクリニック院長
白山宏人医師

<プロフィール>1964年大阪府出身。94年兵庫医科大学卒業後、京都大学呼吸器内科にて研修。95年大阪府済生会中津病院呼吸器内科勤務。2000年より大阪北ホームケアクリニック非常勤医師、01年より常勤医となり02年院長。日本在宅医学会認定専門医、日本緩和医療学会代議員。

JR新大阪駅から徒歩約10分のオフィスビルに入る大阪北ホームケアクリニックは、在宅緩和ケアに積極的に取り組む在宅医療の専門クリニック。単に患者の自宅を訪ねるだけでなく、在宅への移行が決まった時点で病院に出向き、病院でのカンファレンスから参加することで、円滑な在宅移行をめざすなど、患者や家族との積極的な関わりを重視する。その一方では、在宅医療、病院、市民(患者を含む)の三つの柱が相互に理解しあえる関係作りをめざした運動にも力を入れるなど、理想的な在宅緩和ケアの実現に向けた取り組みを続けている。そんな同クリニックの白山宏人院長を取材した。


4人の医師で約120人(がん患者は約20名)の
在宅患者を診察

 大阪北ホームケアクリニックを運営する医療法人拓海会の藤田拓司理事長は神経内科医。平成11年に、それまで済生会中津病院に勤務していた藤田医師が、神経難病の在宅ケアを目的として開設したのが始まりだ。ALS(筋委縮性側索硬化症)などの神経難病の患者は人工呼吸器を使うことも多く、訪問診療といっても外来診療の合間に対応するのは無理がある。そこで藤田医師は、仙台にある在宅専門クリニックでそのノウハウを学んで開業にこぎつけた。
 現在同クリニックの院長を務める白山医師は、藤田医師と同じ済生会中津病院の呼吸器内科に勤務していた。当時から在宅での呼吸器管理や緩和ケアに関心があったという白山医師は、藤田医師の誘いで非常勤でクリニックを手伝い始め、その後常勤に移行している。
 クリニックは今年春に大きな組織変更をした。神経難病患者のケアを別のクリニックに分離し、大阪北ホームケアクリニックでは従来以上に在宅緩和ケアへの取り組みを強めることになった。
 「今年春の時点で在宅患者数は240人を超え、6人の医師で全部の患者さんの情報を共有することが難しくなってきました。そこで、豊中市に新設した有床診療所で神経難病の患者さんをカバーすることで、診療患者の棲み分けをしました。大阪北ホームケアクリニックのほうでは、がん以外にも胃瘻処置等の医療依存度の高い方をはじめ、認知症や脳血管障害等により通院困難なケースでの在宅診療も行っています」(白山医師)。
 現在同クリニックでは、4人の医師で約120人(がん患者は約20名)の在宅患者を診察している。大阪市北部、豊中市、吹田市を主なエリアとし、半径10q。緊急往診を除くと、一人の医師が1日平均7−8人の患者を診る計算だ。
 「緊急往診は年間70−80件ほど。そのうち四分の一が深夜のコールです。これらも複数の医師で対応しているので大きな問題はなくカバーできています」と白山医師。医師やスタッフがどこかで無理をすれば、そのデメリットは患者に跳ね返る。現状のクリニックの診療体制は、患者のメリットを考える上でも、効率的なものといえるようだ。


退院後も病院側との連携を維持し、
緩和ケアに対する病院側の意識を高めてもらう努力も・・・

 同クリニックが診る在宅患者の大半が、それまで治療を受けていた急性期病院からの紹介患者だ。
「開業当初はほとんどが“医師からの紹介”でしたが、最近では医療ソーシャルワーカー(MSW)や訪問看護師、ケアマネジャーからの紹介が増えています」と白山医師。これはとりもなおさず白山医師らの地道な活動が地域に浸透してきた証拠だ。
在宅緩和ケアの理想的な運用のためには、在宅医療に関わる医療スタッフだけが努力しても成り立たない。病院と在宅医療機関、そして、患者となり得る“市民”の三つの柱が、「緩和ケア」という医療に関心を持ち、その内容を理解する必要がある。残念ながら現在の日本では、緩和ケアに関わるスタッフだけが孤軍奮闘する――という様相を呈しているが、ここ大阪市北部エリアにおいては、白山医師らの努力の甲斐あって、徐々にではあるがこの三つの柱が融合を始めている。
「病院から在宅に移行するケースでは、まず自宅に戻る前に入院している病院に出向き、病院での退院前カンファレンスを開催します。そこで医療情報をスタッフで共有し、在宅ケアのスケジュールを立て、患者さんやご家族が持つ自宅療養移行に際しての不安の軽減を行います。これにより自宅に戻ってからもスムーズにケアが継続されるだけでなく、病院側にも在宅緩和ケアの実際を感じてもらうことができる。在宅移行後も患者さんの同意の下でカルテのコピーを病院の主治医に送るなど、退院後も病院側との連携を維持し、緩和ケアに対する病院側の意識を高めてもらう努力をしています」
こうした取り組みの背景には、医療者の中での緩和ケアに対する不勉強ぶりが存在していたことは否めない。医師の不理解によって、入院中は医療用麻薬を使われず、在宅に移行した瞬間から麻薬を使わなければならないケースも少なくない。
 これまでも小欄でたびたび触れてきたが、医療提供側の医療用麻薬に対する不理解は我々の想像の域を超えるものがある。白山医師らの地道な取り組みが、今ようやく芽を出したところだ。


麻薬は全身状態や症状だけでなく生活状況も考慮して
貼付剤(パッチ)や座薬の選択を検討

 在宅ケアの医療機関と急性期病院、そして在宅緩和ケアを構成するもう一つの柱である“市民”(患者と家族を含む)に対してのアプローチにも白山医師は力を入れる。がんについての市民公開講座や地域のネットワーク構築、地域の病院との勉強会、在宅移行へのツール提供など、積極的な姿勢を崩さない。そんな白山医師の、在宅での緩和ケアに対する考えの核には、「在宅ケアを行うにあたっては、患者や家族の日常生活を大切にする。病院の医療をそのまま自宅に持ち込むのではなく、その人の生活に合った医療やケアを考えていく」という大きなテーマが存在する。
「たとえば患者の痛みの判定も、WHOのガイドラインは参考にしますが、それ以外の要素も考える必要がある。病院と違って “生活の場”である在宅では、患者さんやご家族が生活の中に負担が出ないよう、柔軟性を持たせた処方を考えていく必要があります」
たとえばこんな具合だ。
「麻薬については全身状態や症状だけでなく、生活状況も考慮して貼付剤(パッチ)や座薬の選択を検討します。皮下注射という選択もありますが、これは“生活の場”においては負担が大きくなる場合もあるので、積極的には選択していません。最近は簡便性に勝るだけでなく効果の面でも劣らない貼付剤を選ぶケースが増えています。服薬時間なども患者さんや家族の生活リズムに合わせて調整します。患者さんの管理が難しくなってくる状況になると、家族の介護負担が大きくならないことが大切です。患者さんや家族が医療に追われてしまうと、自宅で一緒の時間を過ごすどころではなくなってしまいます」
こうした“応用”を効かせられるのは、薬の知識はもちろんだが、“在宅”という特別な環境(大きな制限のある医療環境)での豊富な経験と実績があればこそ。日本における在宅型緩和ケアの一つのモデルケースとして注目される。



松井隆則医師
連載

生きるための緩和ケア最前線
―痛みからの解放

第8回目
『がんによる痛みと医療用麻薬』
緩和ケアを“一つの武器”と捉えて
本来の生活を取り戻すことをめざす

取材協力:愛知県がんセンター愛知病院
松井隆則医師

<プロフィール>
松井隆則医師

1966年愛知県生まれ。91年名古屋大学医学部卒業。国立病院機構名古屋医療センターで研修の後、名大大学院、名古屋市立守山市民病院外科副部長を経て、2001年より現職。専門は消化器外科。

緩和ケアで重要なのが、患者の痛みを医療者が的確に把握すること。しかし、痛みの程度もさることながら、患者の訴え方も千差万別。すべてが正直に申告するわけではなく、中には我慢してしまう人もいる。そうした“隠れた痛み”を医療者側の努力によってすくい上げ、確実性の高いオピオイド(医療用麻薬)の使用によって、生活の質を高める取り組みをしているのが、愛知県立がんセンター愛知病院の松井隆則医師だ。専門である消化器外科の治療と並行して、「緩和ケアを一つの武器」と捉え、患者との充実したコミュニケーションづくりに取り組む松井医師に話を聞いた。


手術をともに乗り越えてきた
仲間意識で緩和ケアに臨む

 緩和ケアの世界で知られる松井医師だが、本来の専門は消化器外科。今も早期がんの内視鏡手術から比較的大がかりな開腹手術まで、外科的手術を日々こなしている。そんな松井医師が緩和ケアに興味を持ったのも、当人にとっては別段不思議なことではなかった。
「手術後のフォローアップから看取りまでを、手術をした外科医が担当するシステムの病院で育ったこともあって、私にとっては外科医が緩和ケアを行うことが半ば当然のことなんです。ただ、そうした医療側の事情だけでなく、たとえ再発や転移がおきて痛みが出たとしても、その痛みをきちんと取ることができれば化学療法や放射線治療をしっかり行えるし、結果として生存期間も延長できる。その意味で私は緩和ケアを一つの“武器”と捉えているんです」
 がんの専門病院である同院には、緩和ケアを専門に担当する医師もいるが、この状況に至った時に、松井医師の手術を受けた患者の大半が同医師の続投を希望する。
「主治医が変わることへの不安もさることながら、“手術”という人生でも最大級のイベントを、共に過ごした医師との連帯感も芽生えているんでしょう」
 しかし、たとえそうした事情があるにせよ、担当するからには片手間というわけにはいかない。医師が自信を持って患者と向き合い、処方することで患者の安心感は高まる。それまでの付き合いの中で育まれたコミュニケーションから、患者には松井医師への大きな信頼感が生まれ、それが緩和ケアも松井医師に診てもらいたい――という要望につながっていくのだ。


患者の潜在的思考を的確に捉えて
痛みを取ることに目を向けさせる

 がん性疼痛に対する松井医師のアプローチは、基本的にWHOラダーに沿ったものと考えていい。つまり、最初は非オピオイド系の鎮痛剤からスタートし、その後、痛みが増した時にはオピオイドを使うというものだ。オピオイド移行期に弱オピオイドから始める医師もいるが、松井医師は最初から強オピオイドを使う。これは松井医師の経験的な選択だ。
「弱オピオイドは切れ味が弱く、眠気などの副作用も出やすい。強オピオイドは、近年、薬剤のバリエーションも増えて、少量からのスムーズな導入も可能になった。加えて、弱から強に移行する時に、一時的に拮抗作用が出る弱オピオイド製剤もあるので、その意味でも非オピオイド系鎮痛剤に強オピオイドを上乗せしていく方法が適切だと思います」
 ここで重要になるのが、痛みの判定だ。患者の痛みの程度はもちろんだが、すべての患者が同じレベルの痛みになった時に揃って申告してくれるというものでもない。中には麻薬の使用に否定的なケースもあり、弾力的な対応が求められる。
松井医師がこれまで経験した中で多かったのは、「痛みはあるけれど薬を使うほどではない」という答え。このような時は、痛みについての対話を深めることで患者の気持ちに訴えていく。
「麻薬使用に否定的な人の心理には、単に麻薬に対する不安もあるが、それ以外に『自分はまだ麻薬を使うほどがんが進行していない』と希望的に考えようとする気持ちも存在する。しかし、この局面での現実逃避が治療に良い影響を与えることがないのも事実。医師としては、患者の意識が『痛みを取る』という方向に向かえるように努力すべきでしょう」
 痛みを我慢したことで疼痛管理が遅れ、あとになって「こんなことなら早くから麻薬を使えばよかった」と後悔する患者を見るのは医師にとってもつらい。松井医師がコミュニケーションを最重要視する意味はそこにある。


がんだからとあきらめる前に
色々と試してみることが大切

現在臨床で使われるオピオイドには、主要なもので飲み薬が2種類と貼り薬が1種類、他に注射薬も2種類ある。消化器がん患者を診る松井医師としては、吐き気や便秘など、消化器系の副作用が出る薬は避けたいところだ。
「胃を半分摘出して食事の摂取量が減っている人が、オピオイドを使うことでせっかく食べた物を吐いてしまうのでは、緩和医療本来の意味を持ちません。その点で貼り薬は消化器系の副作用が少なく、疼痛緩和に用いやすい。オピオイドは、最初は飲み薬から始めるものの、それでつらそうな時はすぐに貼り薬に移行します。苦痛を取るための薬ですから、そこで我慢する必要はありません」
 それまでのがん治療の中で貼り薬を使うことはないので、多くの患者が最初は戸惑うという。それでも飲み薬に戻したいという人は滅多にいない。少なくとも消化器がんの人にとって、貼るタイプのオピオイドは使いやすいようだ。今後は「最初から貼り薬」という選択も出てくるのではないかと松井医師は予測する。
麻薬で痛みが取れれば、患者はオピオイドの必要性を理解する。しかし、日本のオピオイド使用量は欧米と比べて極めて少ない。ここに日本人の麻薬に対する考え方が現れている。
「今でも麻薬使用に抵抗感を持つ患者さんはいます。適切に使いさえすれば中毒や寿命を縮めるようやことは決してないのですが、そうした患者さんには麻薬に対する悪いイメージが根付いているようで、円滑な治療ができないこともあります」と松井医師。
がん治療を安心して受ける土壌づくりを考える上で、こうした誤解はがんになる以前から解決しておくべきだし、そのためには国や社会としての啓蒙活動も必要だ。
「痛くてできないことができるようになる。オピオイドを使うことで、あきらめていた人生をもう一度楽しめる可能性がある。がんだから痛むのは仕方ないと考えるのは間違いだし、結果として損なこと。きちんと痛みを取るべきです」(松井医師)
最初に使ったオピオイドの副作用が気になったとしても、そこであきらめるのではなく、数あるオピオイドを順に試すというのでも構わない。色々と試してみて、自分に一番合う薬を探せばいいのだ。患者も緩和ケアを“武器”と考えることができれば、治療の先に希望が見えてくる。緩和ケアが「生きるための治療」であることが理解できるはずだ。

愛知県立がんセンター愛知病院

〒444-0011 
愛知県岡崎市欠町字栗宿18
電話
0564-21-1340



齊藤洋司医師
連載

生きるための緩和ケア最前線
―痛みからの解放

第9回目
『疼痛管理と患者との対話』

汎用性の広がった現在の緩和ケアを
土台で支えるのは“対話重視”の姿勢

取材協力:島根大学医学部教授 齊藤洋司医師

<プロフィール>
1957年鳥取県米子市生まれ。83年島根大学医学部卒業後、同大麻酔科に入局。87年から2年間米・エール大学に留学。99年より島根大学医学部麻酔科学教授。現在同集中治療部部長、緩和ケアセンター長を兼務。




徐々にではあるが、オピオイド(医療用麻薬)を使ったがんの疼痛管理に対する患者側、医療側の理解は深まりつつある。しかし、臨床の最前線に立つ緩和ケア専門医は、今も不安におびえる患者にオピオイドの必要性を納得してもらうのに少なくない時間を割いているのが実情だ。島根大学医学部の斉藤洋司教授は、日本における緩和ケアの旗手の一人であり、四半世紀にわたってその第一線に立ってきた。そんな齊藤医師が、がん疼痛管理において最も重要視するのが、患者との“対話”だ。
 もちろん、個別の患者に対する細やかなオピオイドの選択などの高度なテクニックがあってのことだが、その土台にあるのは患者の痛みを正確に把握することであり、そのために必要になるのが、コミュニケーション能力、すなわち対話の能力なのだ。
「どうしてもオピオイドを使いたくないという人に、無理に使うことはありません。でも、たとえ今は使わなくても、どうしても我慢できなくなったら使おう――と思ってもらうことが大切」と語る齊藤医師に話を聞いた。



緩和ケアは「全身管理」
痛みの研究でアメリカへ

 医学部の学生時代は、“循環器科志望”だったという齊藤医師。
「漠然とした希望でしたが、どの科に行くにしても最低限の救命技術は持っていたかったので、まずは麻酔科に入ったんです。ところがそこで“全身管理”の重要性を知ることになった。今やっているペインクリニックも緩和ケアも、全身管理という点では同じ視点ですからね」
 痛みがあることで社会生活に支障をきたしている人を救いたい――その時の思いが、今がんの疼痛に苦しむ人に向けられているのだ。
 医師になった当初は、どちらかといえば研究より麻酔を中心とした急性期全身管理に重きを置くスタンスをとっていた。しかし1987年から2年間、アメリカで「痛みの制御機構とオピオイドの作用機序」をテーマに研究したことから、その興味は痛みの治療に大きく傾くことになる。
「私が渡米した頃は、ちょうど痛みのメカニズムが解明され始めた時期でした。最初に起こった痛みが、次の痛みを引き起こす――言い換えれば、最初の痛みをきちんと抑え込むことで次の痛みを発生させないことの重要性が見えてきたところ。このタイミングでアメリカで研究ができたことは、私にとって非常に大きな収穫だったし、それは変わらず現在の診療のベースにもなっています」


アメリカの「痛みの10年」が
日本の緩和ケアにも追い風に

 健康な人でもそうだが、がん患者にとっての“痛み”は、さまざまな方面に波及する。心臓、呼吸器、内分泌系はもちろん、精神的にも大きなダメージを受けることになる。痛みが元で眠れなくなれば、当然疲れがたまるし、結果として体力低下を速めることになる。
 だから痛みは我慢するのではなく、感じた時点ですぐに抑え込んでいくことが重要なのだが、齊藤医師がその取り組みを始めた頃の日本では、「がんは痛いのが当たり前」という考えが医療側でも大勢を占めており、それを説き伏せるのは並大抵のことではなかった。
島根大学医学部附属病院
「医療用とはいえ“麻薬”を使うことへの不安や偏見が根強かった。ところが、2001年にアメリカで、当時のクリントン政権による“痛みの10年”という政策が打ち出された。これは痛みに起因する経済損失の大きさに気付いたアメリカ政府が、10年間にわたって“さまざまな痛みを取り去ること”に力を入れることを宣言したもの。
以降、世界でも日本は、痛みへの対応に関しては突出した後進国であることが明らかになったのです。このあたりから日本も徐々に緩和ケアに目が向くようになり、近年はがん対策基本法の整備に至った。また、緩和ケアをマスコミがたびたび取り上げるようになったことも、私たちにとっては追い風となっています」(齊藤医師)。
 こうした動きは、患者側にも大きなきっかけを与えた。患者が「痛みを取りたい」という要求を声にするようになったことで、それまで緩和ケアに消極的だった医師の重い腰を上げさせたのだ。それはまだ緒についたばかりではあるが、それでも齊藤医師の目には「隔世の感」として映るのも無理はない。



疼痛管理を効果的に進めるために
副作用は“出る前に抑え込む”


 齊藤医師が緩和ケアにおいて重点を置くのが「痛みの正確な把握」だ。緩和ケアに携わる多くの医師が悩んでいることだが、今もなお“我慢を美徳”を考える患者は少なくない。そんな患者の隠された痛みをいかにして表現してもらうか――に、齊藤医師も苦労するという。
「痛みの程度を数値で尋ねるだけではなく、対話によって適切に評価することが大切です。問題は“生活に支障が出るような痛み”の有無。(1)眠れるか、(2)仕事はできるか、食事は取れるか、(3)安静時に痛むか、(4)動いた時に痛むか=YESの場合はどのような動きをすると痛むか――を、対話の中で探っていきます」(齊藤医師)。
 こうして把握した患者の痛みを、今度は的確なオピオイドの選択により緩和していくわけだが、ここでも専門医ならではのテクニックが重要な意味を持ってくる。
「長く効く薬をベースにして、急な痛みが出た時には即効性のある薬を使うようにします。今は注射薬や飲み薬の他にもパッチタイプで効果の大きな薬もあり、選択の幅が広がったので、さまざまな痛みに対応できるようになりました」
 さらにもう一つの重要な点が“副作用対策”だ。齊藤医師は、オピオイドを使い始める時点で、予想される副作用をあらかじめ抑える薬を併用することの重要性を訴える。
「オピオイドに懐疑的な中で、試しに使ってみようという患者も少なくない。そんなケースで副作用が出てしまうと、せっかく痛みがコントロールできてもオピオイドに否定的な思いが強くなってしまう危険性が高いんです。それを防ぐ意味でも、オピオイドを使う時は同時に副作用(便秘や吐き気)を抑える薬を使うことが大切なんです」
 こうしたテクニックは、長年にわたる患者との対話の中で身に付けてきたもの。医療の根幹である“対話”の大切さを、緩和ケアという高い専門性の上で唱える齊藤医師。経験と実績が作り上げた疼痛管理の高度なテクニックを支えるものは、やはり患者と医師のコミュニケーションなのだ。



鈴木勉教授
連載

生きるための緩和ケア最前線
―痛みからの解放

第10回目
『薬剤師から見た緩和ケアにおける
医療用麻薬の必要性』


薬のスペシャリストである薬剤師が技術水準を向上し
チーム医療の中核を担うことで緩和ケアの質は高まる


取材協力:星薬科大学 鈴木勉教授(薬学博士)

<プロフィール>
1972年星薬科大学卒業。79年同大学院博士課程修了。米・ミネソタ大学医学部、同国立薬物乱用研究所留学、星薬科大学講師、助教授等を経て、99年同大薬品毒性学教室教授。現在WHO(世界保健機関)薬物依存専門家委員会委員、日本緩和医療薬学会理事長等を兼務。薬学博士。


 これまで9回にわたって、緩和ケアの臨床現場で活躍する医師にスポットを当ててきた。そこではがん性疼痛に対する患者と医師のさまざまな姿を見ることができたが、今回はその関係を、“薬学”の視点からサポートする薬剤師に目を向けてみる。
星薬科大学の鈴木勉教授は、がん性疼痛に対して使われる医療用麻薬の効果と安全性に関する第一人者。WHO(世界保健機関)の薬物依存専門家委員会委員でもあり、日本の緩和ケアのレベルアップを薬剤師の視点から支えるキーパーソンだ。
そんな鈴木教授に、薬剤師から見た「緩和ケアにおける医療用麻薬の必要性」、そして現状の日本の緩和ケアが抱える問題点と将来展望を語ってもらった。
チーム医療を支える薬剤師の重要性、特に疼痛管理の柱となる医療用麻薬をつかさどる重要なポジションから見る緩和ケアのあり方は、患者やその家族にとっても非常に興味深い内容と言えるものだ。


モルヒネと同じ働きをする成分は人間の体内にある
効果と安全性が確認された医療用麻薬

 医療用とはいえ「麻薬」という言葉を聞くと、日本人ならどうしてもドキッとしてしまう。それは“中毒”に対する恐怖であり不安に基づくものだ。しかし、鈴木教授はこう説明する。
「そもそも人間は、体のなかに麻薬と同じ働きをする成分を持っている。マラソンなどの競技中に日常とは異なる高揚感を覚えて、『走らずにはいられない』という意識が働くことがある。あるいは、火災現場で負傷した人が、消火活動中はケガの痛みを感じないことがある。これらはいずれもβエンドルフィン、エンケファリン、ダイノルフィン等のモルヒネ様物質。脳や脊髄、消化管などで分泌されるこれらの物質は、別名“内因性オピオイド”とよばれ、ランニングハイも火事場で痛みを感じないことも、この働きによって苦痛が抑え込まれたことで起きる現象。つまり、人の体には元々モルヒネと同じ働きをする成分が存在するわけで、がん性疼痛がある患者に医療用麻薬を使うことは、その投与量を誤らない限り決して危険なことではないのです」。
 鈴木教授によれば、がんによって痛みが出た場合も体内ではこうした物質が出ているが、痛みの強さが勝ってしまうため、患者は苦痛を強いられることになるという。そこで医療用麻薬を使うことは、人間が本来持っている作用を補助しているに過ぎず、危険どころか理にかなった対応ということができるのだ。
 間違えてはならないのは、対象が「いま痛みを感じている人」に限定されること。そうでない健康な人が麻薬を使えば、それを体が必要としていないところに使うわけで過剰投与になる。その結果、依存性が出て中毒になるのは当然のことだ。
この点さえきちんと理解できれば、がん性疼痛に対する医療用麻薬の使用が安全であることは、おのずと見えてくるはずだ。


オピオイドの種類が増えたことで
がん患者のメリットは飛躍的に向上

 従来はモルヒネ一剤に頼っていたがん疼痛管理も、医療用麻薬の種類が増えたことで、二の手、三の手が打てる状況が整った。経口薬が使えない患者にも、鎮痛作用の非常に高いパッチ型のフェンタニルがあり、こうした品ぞろえの豊富さは医療者にとって使い勝手がいいのはもちろんだが、何より患者にとって大きなメリットといえる。
「現在、臨床導入されている医療用麻薬を使えば、がん性疼痛全体の8〜9割はコントロールが可能。これでカバーしきれない痛みとは、がんが神経に浸潤している、あるいは神経を圧迫するなど、神経が障害されたことによって起きる痛みですが、これも鎮痛補助薬を効果的に使うことでフォローは可能。日本では現在3種類のオピオイドが使われているが、日本以外の先進諸国では主に5種類が使われている。日本で未承認のメサドンとハイドロモルフォンの2種類のうち、メサドンは将来日本でも承認される可能性があり、そうなればさらに緩和ケアの質は高まるはず」(鈴木教授)
 以前もこの欄で「ターミナル期に至る以前に疼痛が出た患者に、オピオイドで痛みを除去したところ化学療法や放射線治療の効果が高まる傾向が見られる」という、医師の経験的な感想を紹介したことがあるが、鈴木教授は「十分にありうること」と、こう説明する。
「モルヒネには免疫を抑制する作用があるので、健康な人がこれを使えば免疫力が低下します。ところが、がん患者は痛みを持っている。この“痛み”というのは、モルヒネ以上に免疫を下げる力を持っているのです。そして、この痛みを除去することで、逆に免疫は改善する。元がマイナスだったがん患者の痛みを取ることで、モルヒネの免疫抑制作用よりも、痛みがなくなることで免疫力が改善される度合いの方が高い――ということになるわけです。このタイミングで抗がん剤や放射線治療を行えば、十分に治療のアシストをすることは可能であり、こうしたことからも痛みが出た場合は、早い段階から積極的に医療用麻薬による疼痛管理を行うべきなのです」(鈴木教授)
 医師が感覚的に理解していることも、薬のスペシャリストは理論的に理解している。この二つの職種が効果的に手を組むことこそが、本当の意味で緩和ケアの質を高めることは間違いない。



緩和ケア認定薬剤師制度設立で
チーム医療の質を内面から高める

 1999年3月に実施された第84回薬剤師国家試験からWHO方式のがん疼痛治療に関する出題が始まり、その時点から薬剤師教育は大きな変化を遂げたといわれている。また2007年3月には、鈴木教授が理事長を務める日本緩和医療薬学会が産声を上げたが、これは翌月のがん対策基本法施行を睨んでのこと。WHO方式のがんの疼痛管理の主体は投薬であり、ここで薬剤師の役割が増してくることが背景にあるのだ。
 今後、緩和ケアをめぐるチーム医療の強化が図られていくなかで、日本緩和医療薬学会では、がん疼痛管理を対象とする認定薬剤師の資格制度をスタートする予定だ。現在、緩和ケアチームに入る薬剤師の「緩和ケア経験のある薬剤師」という要件を、この認定薬剤師に置き換えることを視野に入れて、教育に力を入れていく構えだ。
 一方では、在宅緩和ケアの水準向上に向けて、保険薬局に勤務する薬剤師にも、この認定制度を活用するよう働きかけてもいく。特にがん患者は、疼痛管理以外にもさまざまな薬を使っている可能性があり、相互作用によるデメリットを水際で防ぐ上での保険薬局薬剤師の位置づけは大きい。こうして、臨床と在宅の両面から、薬剤師全体で緩和ケアを支えていくための制度作りが本格化しているのだ。
鈴木教授の勤める星薬科大学は、2001年より8年にわたって緩和ケアをテーマに文科省の学術フロンティア推進事業を続けており、“薬薬学”(病院薬剤師、保険薬剤師、大学)の連携による薬剤師の水準向上に取り組んでいる。
当然、こうした情報は同大学の学生、あるいは同大学を志望する受験生にも伝わっており、「『薬剤師として緩和ケアに取り組みたい』と言って本学を受験するケースは決して少なくない」(鈴木教授)というほど、薬剤師の世界での緩和ケアに対する興味は急速に成長しているのだ。
3年後には、薬学部が6年制になって初めての卒業生が薬剤師としてデビューする。その時に日本の緩和ケアがどこまで整備され、質はどこまで向上しているか――。興味と期待が多いに高まる。

BOOK紹介

「臨床緩和医療薬学」
(日本緩和医療薬学会編、真興交易医事出版部刊、2,940円)


鈴木教授が理事長を務める日本緩和医療薬学会では、緩和ケア認定薬剤師制度導入に向けて、そのバイブルともいえる参考書「臨床緩和医療薬学」(日本緩和医療薬学会編、真興交易医事出版部刊、2,940円)を刊行した。認定資格取得をめざす薬剤師や薬学生を対象とした本だが、その内容は判りやすく、詳しいイラストを多用した編集で医療従事者ではない一般読者の学習にも適している。がん疼痛管理を学び理解する上で非常に役立つ一冊だ。



笹良剛史医師
連載

生きるための緩和ケア最前線
―痛みからの解放

第11回目
欧米型の「外に出る緩和ケアチーム」を組織し
病院と在宅を効果的に融合させる取り組みを展開


取材協力:医療法人友愛会南部病院麻酔科医長
笹良剛史医師


<プロフィール>
1963年大分県生まれ。88年琉球大学医学部卒業。その後同大医学部麻酔科に入局し、同附属病院、関東逓信病院(現・NTT東日本関東病院)、離島勤務、米・カリフォルニア大学サンディエゴ校留学等を経て、2007年より現職。

 沖縄本島南部の糸満市にある南部病院は、病床数238の中規模民間病院。以前は「県立南部病院」だったが、経営不振から同じく沖縄南部の中核病院である豊見城中央病院を運営する医療法人友愛会に運営が移譲されて現体制となった。現在同院のペインクリニック医長を務める笹良剛史医師は、沖縄県における緩和ケアのパイオニア的存在だ。その笹良医師に、沖縄県南部における緩和ケアの実情、特に在宅を絡めた地域医療としての取り組みについて話を聞いた。


二つの病院と地域の開業医が
機能に合った分業で患者をサポート

 笹良医師の勤務する南部病院が、県から現在の医療法人友愛会に経営が映ったのは2006年のこと。笹良医師はこの経営移譲の直後に、大学から転籍してきた。
「今でもそうなのですが、当時沖縄で認可されたホスピス病床を持っているのは3施設で、その病床数は合計しても60ほどに過ぎない。しかも、いずれも県の中部に集中しており、南部地域はまったくの手つかずの状態だったんです。そこで、緩和ケア病床は持たないまでも、地域と連携を組むことで、南部地域の緩和ケア水準を向上できるのではないかと考えたんです」。
 大学卒業後は母校の麻酔科に入局し、ペインクリニックを中心に実績を積んできた。アメリカに渡って脊髄障害の痛みのメカニズムを研究し、帰国したところで大学に県内初の緩和ケアチームが設立されることになり、その責任者に任命される。
「それ以前から草の根的な取り組みとして緩和ケアについての勉強会を開いてはいました。でも県内にこの分野の先駆者がいなかったため、まったくの手探り、いわば“自己流”でしたよ」と笑う笹良医師。しかし、ほぼ時を同じくして日本全体に緩和ケアが産声を挙げたことから、その流れにも乗って笹良医師らの取り組みは着実に実を結び始めた。
 冒頭にも触れた大学から現在の病院への転籍は、そうした取り組みが功を奏して県内での緩和ケアの芽が育ち始めたところでのこと。笹良医師はこれを機に「欧米型の地域緩和ケアチームの構築」を目標に据える。
「病院の緩和ケアチームが、必要に応じて外に出て行くことで、入院、通院、在宅の3つの緩和ケアを有機的に結び付けようというものです。地域特性として老老介護が多く、独居老人も少なくない。また老人保健施設などもがん患者に対しては門戸が狭める傾向が強い中、まずは緩和ケアチームが積極的に外に出ていくことが重要だと考えたんです」。
 南部病院を擁する医療法人友愛会の中核施設である豊見城中央病院は、県南部を代表する急性期病院。ここで手術や化学療法などを行い、緩和ケアが必要な場合は在宅への移行準備を兼ねて南部病院が受け皿となる。その後在宅に移ってからは、開業医と連携を取りつつ南部病院から緩和ケアチームが往診し、入院の必要が生じた時は豊見城中央と南部の二つの病院が受け入れる――という体制が組まれた。
「この地域の開業医の多くが豊見城中央病院の出身ということもあり、円滑なスタートが切れたと思います」と笹良医師。今はまだ一法人の中での稼働だが、徐々に連携の輪を広げていく考えだ。


WHO方式+PCAで疼痛管理
心療内科的介入で独自性を発揮

 自己流で始めた笹良医師の緩和ケアだが、その疼痛管理の内容、特に薬の選び方などは、基本的にWHOラダーに沿ったものだ。
「最初は経口モルヒネ製剤、あるいはオキシコンチン製剤を使い、薬の量が増えてきたり、食欲がなくなってきたときにはパッチタイプのフェンタニルに切り替えます。多くの場合はこれで安定しますが、中には骨転移などによる突発痛を起こし、しかもレスキューがのめないケースがある。そんな時にはPCA(患者コントロール機能付き)継続皮下注入ポンプを使います。これは患者自身が調節できるので、病院にいるうちから使って馴れてもらうことで、在宅移行後も不自由はないようです」。
 一方、笹良医師は麻酔科を専門にする半面、大学時代から心療内科にも興味を持ち、特にがん患者に対するスピリチュアルな支援についても勉強をしてきた。これは現在の診療においても大いに役立っているという。
「がんの緩和ケアにおけるスピリチュアルケアというと、どうしても宗教的なアプローチが強くなりがちですが、沖縄のこのあたり(南部地域)は、祖先崇拝の傾向が強いくらいで、取り立てて死生観を強く持っている人は少ない。そもそも、スピリチュアルケアそのものが系統的な学問体系が始まったばかり。特に私の場合は独自のスタイルになっているのかもしれませんね」。


老老介護に不可欠なレスパイトケア
地域に根差した緩和ケアの仕組みを構築

 もうひとつ、笹良医師が進める欧米型緩和ケアチームの取り組みの特徴として挙げられるのが「レスパイトケア」、つまり“介護者のリフレッシュ休暇”の充実だ。
 取材の最後に笹良医師が、その取り組みの象徴的な事例を、紹介してくれた。
 咽頭がんの手術を受けた80歳代半ばの男性。同年齢の夫人との二人暮らしの、典型的な老老介護だ。緩和ケアを笹良医師が受け持つことになった。
 これから始まる緩和ケアの内容を一通り話した上で何か希望があるかと尋ねたら、筆談で「安楽死」と答えたという。その時点で、完全にあきらめの思考に支配されていたのだ。
経管栄養などは一切拒むなど治療には非協力的な態度を崩さず、次第に体力も低下する中で年末を迎える。患者本人から「正月だけは家に帰りたい」というリクエストが出た。正直言って年明けまでもつかどうかも怪しい状況。笹良医師は少なからぬ不安を感じながらも、一時帰宅を認めた。
「ちょうど退院の日は沖縄らしい快晴で暖かかったんです。するとおじいちゃんが、『のどが渇いたから点滴をしてほしい』という。珍しいこともあるものだと点滴をしたんですが、それまで経管栄養もほとんど拒否していたところに点滴を入れたものだから、急に栄養状態がよくなって元気になっちゃった(笑)。結局そのまま半年間、在宅で過ごしましたよ」。
 この半年の間、患者は自身の検査と妻の休息を目的に、3回にわたって短期入院をする。しかしその入院の際も、最初の入院時と違ってとても穏やかな表情で過ごしていたという。
 「若い看護師に世話をしてもらうのがうれしいようで、『ここは極楽だ』なんて笑ってました。在宅と病院を効果的に使い分けることで、地獄が極楽に変わる。レスパイトケアをうまく組み込むことができれば、老老介護も可能かな……って、最近はちょっと自信がついてきました」。
 笹良医師の話を聞いていると、地域における緩和ケアの取り組みは、医学的(科学的)なアプローチもさることながら、それ以上に医師の人柄や患者への思いが、より重要なウエートを持っていることがよくわかる。その意味で、沖縄の気候と同じように明るく暖かい笹良医師の笑顔に癒される、この地域の患者は幸せだ。



笹良医師の患者が旗振り役となり、院内に患者組織が誕生した。週に一度の「お茶会」を開き、ここでは患者同士が「患者だからこそ」の悩みや相談事を話し合う。この集まりには臨床心理士が参加するが、笹良医師はあえて顔を出さない。「医者が入ると質問大会になってしまう。それよりも、患者同士の交流を楽しんでほしいので……」と笹良医師。緩和ケアにおける医師の立ち位置を、常に意識しているのだ




医療法人友愛会南部病院
沖縄県糸満市真栄里870
電話098‐994‐0501


ホームページ
http://www.yuuai.or.jp/nanbu/


☆☆☆「週刊がん もっといい日」VOL.150☆☆☆


内富庸介医師
連載

生きるための緩和ケア最前線
―痛みからの解放

第12回目
『心の痛みのメカニズムとその対策』
がん告知を受けた患者の心の痛みをケアすることで
“がん自殺”を未然に防ぐ精神腫瘍科の認知普及を進める

取材協力:国立がんセンター
東病院臨床開発センター精神腫瘍学開発部長
内富庸介医師

<プロフィール>
内富庸介 (うちとみ・ようすけ)
1959年山口県出身。84年広島大学医学部卒業後、同大精神科に入局。国立呉病院(現・中国地方がんセンター)、米スロン・ケタリングがんセンター等を経て、95年より現職。

 この20年ほどで、日本の「がん告知率」は大幅に高まった。現在では、本人や家族の強い希望がない限り、がんであることや詳細な病状は本人に伝えられる。その背景には、医療の進歩や検診受診率の向上で、必ずしもがんは死病ではなくなったことがあるのは確かだが、しかし一方では毎年32万人がこの病気で命を落としているのもまた事実。特に、治療の手立てがなくなった段階に達したことを伝えられた患者の心が受ける精神的ダメージの大きさは計り知れない。
 病名や病状の告知、がんの進行や再発、医療者とのコミュニケーション、治療に関する意思決定、がん治療の副作用、終末期の問題、がんサバイバーの社会復帰、家族/遺族のケアなど心のケアに対するニーズはたいへん大きい。そんなニーズに専門的に応える、特に気持ちのつらさ(うつ症状)を専門的に診断、治療していくのが「精神腫瘍医」だ。国立がんセンター東病院の内富庸介医師は、日本における精神腫瘍医の第一人者。そこで今回は、器質的な痛みではなく、がんによっておきる「心の痛み」のメカニズムとその対策について話を聞いた。


うつが軽快すれば
本来の緩和ケアの質も高まる

 まずは精神腫瘍医についての説明が必要だろう。2007.6がん対策推進基本計画にはじめてこの言葉が使われ、期待の大きさがわかる。 精神腫瘍学とは、その名の通り精神医学と腫瘍学が合わさった造語だが、精神腫瘍医のベースは精神科医だ。がん患者さんのこころのケアに専門的な知識を持って取り組むエキスパート、精神腫瘍医には、精神医学、心療内科学に精通することに加え、腫瘍学、緩和医学をはじめとするがん医療への幅広い理解と、チームの中で医療者間の柔軟かつ密接な連携を行うスキルが求められる。
 「現在日本では、年間52万人ががんの告知を受けていますが、そのうち約1000人が自殺していると推測されているんです。特に告知を受けてから3−6カ月で自殺のピークが来るという特徴がある。したがって、特にこの期間の精神的なケアが重要になってきます」
 がん告知を受けたことで陥るうつの代表的な症状は、不眠、食指不振、体重減少、何ごとにも興味がもてない、人に迷惑をかけてしまう、希死念慮(この世から消えてなくなりたいと思うこと)――など。これらがんによっておきる「心の痛み」の中でも希死念慮は「心の激痛」に分類され、早急な精神腫瘍医による医療介入が求められる。
 「がんを告知された人のすべてがうつになるわけではないが、それでも必ず一度は人生を振り返る。この時に、自分の人生に価値を見い出せない、人に迷惑ばかりかけてきた――という状態が2週間以上続くと自殺が頭を掠める。しかし、がんの臨床医は肉体的な痛みについては患者に訊けても、心の激痛については中々踏み込んだ質問ができない。患者の方も、精神的な不安は自分だけが弱いのではないかと考えてなかなか言い出せないため、結局は我慢してしまうことになる。ここに、がんに精神腫瘍医による介入の必要性が出てくるのです」(内富医師)。
 うつが軽快すれば、前向きに生活や計画を立て直してポジティブに見通しをもてるようになり、本来のケアの質も高まる。心と肉体は表裏一体なのだ。


身体的な痛みを除去した上で
心の痛みに取りかかる――

 告知を受けたがん患者が、自殺を考える要因はいくつかあるが、内富医師によると、

@ 死に対する漠然とした恐怖
A 経済的な不安
B 医師とのコミュニケーションの問題、家族への負担感
C 治療に対するネガティブな見通し

――などが大半を占めるとのこと。肉体的な痛みそのものから死を選ぶケースは少ないが、肉体的な痛みを取ると、自殺の元にあるうつが軽減する確率が高いことは明らかだという。
 「端的に言えば、肉体的な痛みは対処可能でやがて消えるとの見通しがもてるので痛みだけで死を選ぶことはないが、心の痛みはいつ終わるかわからないので人は死にたくなる――ということ。でも、自殺の危険性がある重篤なうつの患者の、半数は身体的ながんの痛みを訴えてるし、痛みの強い人ほど、うつの症状も強い。そして、その身体的痛みを除去すると、うつも消えることが多いのも確か。身体的な痛みはその日のQOLに影響するが、心の痛みは体の痛みが取れて初めて残るもの。そう考えると、順序としてはまず身体の痛みを取り、それでなお心の痛みが残る場合はそのケアをする――というのが理想的な流れ。体が痛いのに、効果的なカウンセリングなんて無理ですからね……」
 ただ、残念なことに、そうした身体的な痛みを患者が訴えても、「これは精神的なもの」と、取り合ってくれない医師も多く存在する。
 「アメリカでは1970年代にはすでに告知率が100%に近かったけれど、がんによるうつのケア体制を整えるのに20年もかかった。つまりこの間、患者は『告知しっぱなし』の状態に置かれていたわけです。そして今、日本がこれに近い状態にあるわけで、告知した後のフォローアップ体制の充実が求められているのです」
こうした点でも、精神腫瘍医とがん治療医の密接な連携体制の整備が急務といえよう。


絶対的に不足している精神腫瘍科医の数
がん臨床医にこの分野の知識を持ってほしい


 日本にまだ数えるほどしかいない精神腫瘍医だが、がん対策推進基本計画にその言葉が盛り込まれたことから、内富医師に続く若手の育成が急務だが、その診療内容が一般的な精神科医療とは異なる、というより一般的な精神科医療を学んだ上で、さらにがんと心理学に関するスペシャリティを必要とする分野なため、研修期間の長い精神腫瘍医をめざそうとする医師が出てこないのが実情だ。一方で、命をも脅かしうる病と向き合っている患者さんやご家族から教えていただくことが多いのも、この分野ならではのやりがいであるがと強調する。
 しかし、精神腫瘍医の育成もさることながら、がん治療の臨床医に、精神腫瘍学の考え方を知ってもらい、その知識と技術を身に付けてもらうことを最優先すべきと内富医師は語る。
 「英国がん患者の支持緩和ケアマニュアル(NICE)」によると、がん患者の気持ちのつらさを4段階に分けると、このなかで、精神腫瘍医でなければ対応できないのは最後の第4段階だけ。つまりそれ以前の3つのステージについては、本来主治医がちょっとした訓練を積めば通常の診療の場面で対応できることなんです。しかし、ほとんどの主治医がその知識を持ち合わせておらず、ほんの一部の心ある臨床医が患者の悩みに耳を傾けている程度。多くは医師ではなく看護師がその役を担っています。そこで、一人でも多くのがんに関わる臨床医に最低限の精神腫瘍科の知識を持ってもらうことを目的に、全国でがん診療に携る医師を対象とした研修会を開催しているところです」
 精神腫瘍医で行う治療は、カウンセリング、薬物療法(抗うつ薬、抗不安薬、抗精神病薬、睡眠薬)、行動療法としてのリラクゼーションなど。しかし、精神腫瘍科医に求められる最も重要なことは、診立ての正確さだと内富医師は言う。
 いま内富医師が行っているこうしたアプローチを、積極的な治療ができる段階で行うことができれば、患者にとってのメリットは飛躍的に増大するのは明らかだ。
 忙しい診療の合間を縫って全国を飛び回り、医師や市民に向けて精神腫瘍医育成の必要性を唱える内富医師に巡り合える患者はほんの一握りに過ぎない。その後継者が充足し、がん医療にかかわるすべての医師が、精神腫瘍学の最低限の知識を持った時に、「告知されっぱなし」患者は日本から消滅する。
 一日も早い普及が望まれる。


■国立がんセンター東病院

〒277-8577 千葉県柏市柏の葉6−5−1
電話04−7133−1111

ホームページ
http://www.ncc.go.jp/jp/ncce/index.html

取材・文◎医療ジャーナリスト・長田昭二
1965年東京生まれ。日本大学農獣医学部を卒業後、出版社勤務を経て2000年よりフリー。新聞、雑誌を中心に医療記事を執筆。著書に「病院選びに迷うとき 名医と出会うコツ」(NHK出版・生活人新書)他。日本医学ジャーナリスト協会会員。
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